Vol.28 No.5
【特 集】 ストレス利用による作物の高品質化


下記文中の「(独)農・生研機構」は「独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構」の略です。

植物の環境ストレス耐性機構とその
シグナル分子過酸化水素水の農業への応用
名古屋大学大学院生命農学研究科    高倍 鉄子・三屋 史朗・
内田 明男・高倍 知子
 植物の環境ストレス応答と耐性機構は数年以内にそのほぼ全容が明らかになろうとしている。過酸化水素(寿命の長い活性酸素の一つ)は, 環境ストレスのシグナル分子である。われわれはストレス耐性に関与する遺伝子の探索と機能解析を行ってきた。その結果得られた知見について考察する。 また,われわれは,低濃度の過酸化水素が適合溶質(グリシンベタイン,プロリン,スクロース)濃度を上昇させることを見出した。過酸化水素を利用して, 塩に弱いイネの耐塩性・耐熱性を向上させることができた。さらにトマトとメロンの収量を下げずに甘くすることにも成功した。 また,発芽の遅い芝の発芽の促進に成功した。過酸化水素が農業上の諸問題解決に利用可能なのではないかと考えている。
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「寒締め」による葉菜類の糖・ビタミンなど品質成分の向上
(独)農・生研機構 東北農業研究センター    青木 和彦
 従来,寒冷地における冬の野菜栽培は低温の克服,生育の確保を重点に考えられてきた。しかしその低温を逆に利用する「寒締め」によって, ホウレンソウなど葉菜類の糖・ビタミン類の含量が増加し,良食味で高栄養な野菜を生産することが可能となった。糖・ビタミン類は, 低温下でも光合成・生命活動を続けるため必要な物質であり,作物(植物)自身が寒さに耐えるため積極的に増やしていると考えられる。 このことから「寒締め」は作物の性質や能力をうまく引き出して品質を高める栽培法であると言え,今後さらなる応用も期待できる。
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水分・塩類ストレス制御による高糖度トマトの栽培技術
(独)農・生研機構 野菜茶業研究所    高市 益行
 糖度が約8%以上の高糖度トマトは,強い水分・塩類ストレスを与えなければ生産できない。これらのストレスが強いほど糖度は高くなるが果実サイズや収量は低下し, 障害果の発生も多くなる。土耕栽培では灌水調節と根域制限の併用による高糖度化のための技術が提示されている。近年,養液栽培の低段栽培(1〜3段摘心)による高糖度トマト生産方式が注目されており, 長期多段栽培に比べて強いストレスを与えてもよいことから,安定した高糖度化が可能で,果実の大きさを維持して高糖度化を図ることができる。 今後,高温期に十分な糖度と収量を確保できる技術の確立が課題である。
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温室メロンのネット発生と水分ストレス
―静岡県における高品質生産技術―
静岡県農業試験場園芸部    大須賀 隆司
 ネット(網目)が整って美しい外観の温室メロンは,見た目だけでなく食味も優れている。これは,ネットが形成されていく過程が植物体の生育状況によって大きく影響されるためである。 つまり,ネットはメロンの生育の履歴を示している。ネット発生には果実の硬化と順調な肥大といった条件が必要であるが,篤農家はいかなる季節や天候のもとでも, 綿密な灌水管理によって植物体に適度な水分ストレスをかけることで生育を自由に調節している。
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乾燥ストレスを利用した温州みかんの高品質果実生産技術
(独)農・生研機構 果樹研究所    薬師寺 博
 温州みかんの高品質果実,特に高糖度果実の安定生産には夏秋季の土壌乾燥に伴う乾燥ストレスが必要なため,透湿性シートなどを用いたマルチ栽培が普及している。 乾燥ストレスの程度と糖度向上との関係を解明するために,等圧式サイクロメーター法で器官レベルの水ポテンシャルを計測した。 同時に13Cラベル二酸化炭素施用によって光合成同化産物の転流・分配の影響も検討した。その結果,乾燥ストレス下でも細胞膨圧を維持する浸透圧調節機能の認められた樹では, 果実への光合成同化産物の分配率とシンク活性がともに高まり,正味の糖含量が増加した。一方,強乾燥ストレス樹の果汁糖度の増加は, 脱水に伴う濃縮作用が主たる要因と考えられた。
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環境条件の制御による食用きのこ生産の現状と展望
千葉大学教育学部    鈴木  彰
 きのこの子実体形成は,温度,湿度,光,酸素,二酸化炭素,重力など様々な環境要因の影響を受ける。きのこの人工栽培では, 重力以外の環境制御が容易な要因は,それぞれの発育段階に応じた制御を行い子実体を生産する。一方,重力は環境制御が困難なため, これを利用した栽培が行われている。本稿ではこれら環境要因が子実体の形態に与える影響について概説する。 きのこによっては暗黒下では原基や傘が形成されない。高温,高湿度ほど,また,光が弱いほど,柄が長くなる。二酸化炭素濃度が高くなると柄が長くなり, 傘の展開が阻害される。さらに高濃度の二酸化炭素条件下や全暗黒下では,傘の形成が阻害され,脱分化も生じる。
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栽培時の光、温度、施肥の制御による日持ちの良い鉢物花きの生産
茨城県農業総合センター園芸研究所    駒形 智幸
 日持ちの良い鉢物花きを生産するため,栽培時の光や温度などが日持ちに及ぼす影響を調査した。出荷前の遮光はグロキシニアなど数種の鉢花の品質低下を遅らせ, 出荷前に低温処理を行うとシクラメンなどの耐寒性を高めることができる。さらに,出荷前の施肥量を少なくすることでペラルゴニウムなどの品質低下を抑制できる。 今後はこれらを実用技術化して,消費者に日持ちの良い鉢物を供給する生産方式を確立する必要がある。
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