Vol.32No.7
【特 集】 熱ショック応答反応の農業利用の可能性


高等植物における熱ショック応答の分子機構と応用
埼玉大学大学院 理工学研究科    仲本 準
 熱ストレスは,作物の生産性を低下させる主要因の1つである。通常の生育温度よりも高い温度にさらされると顕著に誘導・合成される熱ショックタンパク質は,分子シャペロンとしてタンパク質の変性を防 ぎ,変性タンパク質を再生し,再生不可能な場合には分解を介添えする。平常時も新生ポリペプチド鎖の立体構造形成やオルガネラへのタンパク質輸送など必須の細胞機能を果たしている。変異株などの解析か ら,高等植物の低分子量熱ショックタンパク質やHsp101が高温耐性獲得のために重要な役割を果たすことが明らかにされている。これは,熱ショックタンパク質の発現調節が,植物に高温環境への適応性を付 与するための効果的なアプローチの1つであることを支持するものである。  
(キーワード:熱ショック応答,熱ショックタンパク質,分子シャペロン,低分子量Hsp,Hsp101,熱ストレス)
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植物の環境ストレスに対する熱ショック転写因子HsfA2を介した応答・適応機構
近畿大学 農学部バイオサイエンス学科    西澤(横井)彩子・重岡 成
鳥取大学 農学部生物資源環境学科    藪田 行哲
 筆者らは,環境変化を介した光・酸化的ストレス応答のシグナル伝達系の解明を目的として,強光/高温下で迅速に応答する熱ショック転写因子HsfA2を単離し,その機能解析を行ってきた。HsfA2はさま ざまな環境ストレスに対しても応答し,防御系に関わる遺伝子などの発現制御によりストレスに対する適応・耐性能を誘導するキーレギュレーターであることが明らかになってきた。さらに,HsfA2の標的遺伝子の1 つであるガラクチノール合成酵素の誘導に伴って蓄積するラフィノース属オリゴ糖が,種々のストレス下で抗酸化剤として機能することも明らかになった。
(キーワード:環境ストレス,熱ショック転写因子(HsfA2),ラフィノース属オリゴ糖(RFOs),抗酸化物質)
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耐塩性ラン藻由来の分子シヤペロンDanK遺伝子を
導入した植物の環境ストレス耐性
名城大学大学院 総合学術研究科    田中 義人・日比野 隆
名古屋大学大学院 生命農学研究科    高倍 鉄子
名城大学大学院 総合研究所    高倍 昭洋
 死海から単離した耐塩性ラン藻Aphanothece halophyticaの熱ショックタンパク質DnaK(ApDnaK)を導入したタバコは,発芽期,栄養成長期,および花・種子形成時期においてストレス耐性が向上することが明らかになった。また,ApDnaKをイネに導入したところ,通常生育条件下においても成長促進効果が認められ,種子の収量増加が認められた。さらにApDnaKをポプラに導入したところ,通常生育条件下においても成長促進効果が認められ,同時に各種ストレス耐性も強化された。
(キーワード:耐塩性ラン藻,Aphanothece halophytica,DnaK,遺伝子導入植物,ストレス耐性)
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イネの高温登熟障害と熱ショック
新潟大学 農学部応用生物化学科    三ツ井 敏明
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター    山川 博幹
 気候温暖化がさらに深刻になると予測されていることから,高温下でも米品質が安定している高温耐性品種の開発が緊急の課題となっている。高温登熟による白未熟米粒の発生はさまざまな要因が複雑 に絡み合って生じるものと考えられる。しかし,登熟種子におけるデンプン集積能の低下が主な要因の1つであることは疑う余地はない。最近,高温障害発生メカニズムを登熟種子中の遺伝子発現および酵素の 活性変動という観点から追求する研究が進められ,高温登熟における熱ショックタンパク質の発現誘導や熱に比較的強い酵素の挙動が注目されつつある。
(キーワード:気候温暖化,白未熟米粒,デンプン)
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イネの熱ショックによる耐冷性獲得のメカニズムおよび水ストレス耐性の向上
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 北海道農業研究センター    佐藤 裕
 熱ショックは,塩,重金属,低温および酸化ストレスに対する交差耐性発現を誘導することが観察されており,小分子熱ショックタンパク質(sHSPs)が重要な役割を果たしていると考えられている。また,熱ショックは,酸化ストレス防御に関与する遺伝子群の発現を誘導する。イネにおいても,幼苗に熱ショックを与えると,耐冷性と水ストレス耐性が顕著に向上する。筆者らは,これらの一過的なストレス耐性向上に高温誘導性のアスコルビン酸パーオキシダーゼ(APX)とsHSPが関与しており,これらの遺伝子を過剰発現させることにより,イネの耐冷性と水ストレス耐性を恒常的に向上させることが可能であることを明らかにした。
(キーワード:イネ,熱ショック,交差耐性,耐冷性,水ストレス耐性)
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熱ショックよる野菜の病害抵抗性の誘導
茨城大学 農学部附属フィールドサイエンス教育研究センター    佐藤 達雄
 作物に熱ショックを与えると,その後の高温馴化の過程でサリチル酸や感染特異的タンパク質の集積を伴う全身獲得抵抗性(Systemic acquired resistance,SAR)様の反応が誘導され,さまざまな病原菌の感染に対する抵抗性が発現する。SARは通常,病原菌の感染や抵抗性誘導剤の処理で誘導され,環境ストレスで抑制されるが,熱ショック誘導抵抗性は,ストレスの1種である熱ショックがSARを誘導する点で特異的な反応である。この現象はトマト,キュウリ,イチゴ,メロンなどさまざまな作物で観察される。熱ショックの与え方として温湯浸漬,温湯散布,施設密閉などで葉温を上げる方法がある。これらの方法を用いることによって高温そのものによる病害虫防除効果も期待できる。
(キーワード:熱ショック,野菜病害抵抗性誘導,サリチル酸,高温馴化,温湯浸漬,温湯散布)
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野菜の高温耐性と高温下での栽培技術
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター    大和 陽一
 わが国で栽培される野菜には高温耐性の低いものが多い。高温時のレタス,シュンギクなどの栽培では,花芽分化やCa欠乏による生理障害の発生が問題となる。高温により生育が抑制される以上に花粉 への影響が大きく,トマトなどの果菜類では花粉稔性が低下し,着果不良となる。また,高温により光合成は低下し,後作用も見られる。根では,光合成産物の代謝異常が観察され,根での植物ホルモンの合成阻 害が地上部の生育に影響する。一方,野菜でも高温順化による高温耐性の向上が確認されている。野菜栽培における高温対策として,換気,気化冷却,遮光およびマルチなどの資材利用について紹介する。
(キーワード:花芽分化,生理障害,花粉稔性,着果不良,高温順化,換気,気化冷却,資材利用)
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