Vol.33No.7
【特 集】 内水面漁業資源と環境保全


湖沼漁業における温暖化の影響
(独)水産総合研究センター中央水産研究所 内水面研究部    坂野 博之
 近年,気候変動による地球温暖化が指摘されている。気候変動が今後続いても,湖沼に生息する生物の多くは移動できず,その影響を回避できない。また,湖沼は海洋よりも浅く小さいため,水温上昇による影響が顕著に現れ,湖沼漁業に影響する可能性がある。本稿では,先ず,国内数十湖沼の表面水温データから水温上昇傾向を明らかにした。次に,湖沼では水深が水塊構造を決定しているため,水深の違いに着目して水温上昇による生物生産構造への影響を解説した。さらに多くの湖で利用されているワカサギ資源を対象に,水温上昇によって仔魚のふ化時期とその餌動物プランクトンの発生時期がどのように変化するかを紹介し,湖沼漁業が受けるであろう温暖化影響を概説した。
(キーワード:水深,水温,ワカサギ,マッチ・ミスマッチ,生物季節)
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渓流魚資源の遺伝的多様性とその保全
(独)水産総合研究センター中央水産研究所 内水面研究部    山本 祥一郎
 遺伝的多様性は,環境の変化に対する生物の適応力を決定し,一度失われると再生が困難であることから保全の対象として重要視されている。淡水魚類の生息環境は人為的に改変されやすく,それに伴う個体数の減少や遺伝的多様性の低下が懸念されている。また,養殖魚の移殖放流に代表される非在来個体の混入により,各地で自然集団が本来持つ遺伝的固有性が失われようとしている。ここでは代表的な渓流魚であるサケ科魚類の研究例をもとに,遺伝的集団構造や遺伝的多様性の実態を調べるとともに,渓流魚資源の保全や遺伝的管理のあり方について考える。
(キーワード:イワナ,遺伝的多様性,生息域隔離,遺伝的管理)
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琵琶湖における水産資源確保への取り組み
滋賀県水産試験場 生物資源担当    田中 秀具
 本論は琵琶湖における主要水産資源確保に関するレビューである。アユは人工河川活用により資源の安定化を図っている。ニゴロブナとホンモロコの増殖は場づくり主体から種づくり併用へ転換し,適宜検証を加えつつ放流方法を改良して,近年は水田利用による種苗生産と放流を推進している。ビワマスは計画的な量産化を実現し,生活史に合わせて河川放流に変更した。セタシジミはD―型仔貝から稚貝への放流サイズ変更を検討し,併せて漁場改良を実施している。コイでは長年の養殖型放流の中でも野生型が現存する事実が注目される。
(キーワード:琵琶湖,淡水魚介類,固有(亜)種資源,種苗放流,資源管理)
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外来魚駆除のための技術開発
(独)水産総合研究センター中央水産研究所 内水面研究部    片野 修
 オオクチバス,コクチバス,ブルーギルなどの有害外来魚が内水面の生態系を撹乱し,漁業に深刻な影響を与えている。水産総合研究センターでは,都道府県の水産試験場や全国内水面漁業協同組合連合会と連携し,外来魚の抑制のための研究開発を行っている。水産庁事業においては,電気ショッカーボートのほか,生き魚を用いた釣法,かけ上がり用三枚網,アイカゴの利用,トロール漁法などの捕獲法について開発と改良が進んだ。また,産卵床の卵の駆除法についても新しい技術が開発されている。
(キーワード:外来魚,内水面,オオクチバス,コクチバス,ブルーギル)
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コイヘルペスウイルス病克服へ向けた生産現場の挑戦
茨城県内水面試験場 増殖部    根本 孝
 霞ヶ浦のコイ養殖は全国一の生産量を誇っていたが,2003年(平成15年)10月のコイヘルペスウイルス病の発生により休止を余儀なくされ,養殖業者は厳しい状況に置かれた。一方,コイヘルペスウイルスが依然存在する霞ヶ浦では,その後野生コイの大量へい死が発生していない状況から,茨城県は養殖業者の協力を得て,コイヘルペスウイルス耐性コイの作出技術の開発研究を行うとともに,まん延を防止するための出荷流通方法の研究を実施した。これらの成果を踏まえて,2009年4月,茨城県は養殖自粛要請を解除し,5年半ぶりに養殖のための春のコイの採卵が行われた。しかし,この間に廃業した業者も多く,養殖を再開した業者は当時の約半数にまで減少していた。
(キーワード:コイヘルペスウイル病,持続的養殖生産確保法,特定疾病,昇温処理)
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カワウによる漁業被害防除の方策
(独)水産総合研究センター中央水産研究所 内水面研究部    村上 眞裕美
 カワウの採食特性として,餌場の特徴と餌魚種選好性を明らかにした。漁場でのカワウ被害対策として,各種の追い払いはカワウにストレス体験をさせることでその効果が高まることが分かった。カワウが通り抜けられる格子間隔を踏まえ,簡易な魚の隠れ場所の効果的な設置技術を開発した。ドライアイスと擬卵を併用した繁殖抑制技術を確立した。さらに,カワウ個体群動態モデルを開発し,全国のカワウ食害ハザードマップを作成した。またカワウの採食行動距離がほぼ15kmの範囲内であること,カワウの繁殖成功を詳細にモニターし餌環境が繁殖に影響を及ぼすことを定量的に示した。
(キーワード:カワウ,内水面漁業被害軽減技術,個体数維持,管理手法,生態学的知見)
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河川環境とアユの放流
(独)水産総合研究センター中央水産研究所 内水面研究部    阿部 信一郎・玉置 泰司・井口 恵一朗
 海から川へ遡上したアユは,川底の石に付着した藻類を食べて成長し,漁業や遊漁の対象として利用される。仮想評価法を用いたアンケート調査の結果,多くの人がアユの棲む川の環境に対して経済的価値を認めていることが分かった。また,アユは藻類の過度の繁茂を抑えることで富栄養化汚濁を軽減し,その経済的効果は流量が多く,栄養塩濃度の高い川で高かった。ダムなどの工作物によって海からのアユの遡上経路が断たれた河川が日本各地で見られるが,それらの川でのアユの放流は,漁業や遊漁の場を維持するほかに,川のアメニティを高めることにも貢献している。
(キーワード:アユ,経済的価値,生態系サービス,多面的機能,放流)
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