Vol.33No.9 【特 集】 生物多様性保全と農林水産技術 |
農地における機能的生物多様性の保全−現状と展望− |
(社)農林水産技術情報協会 平井 一男 |
2010年10月に生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が名古屋で開催される予定で,関係各界で多様な取り組みが行われている。本号では「生物多様性保全と農林水産技術」を特集し,農林水産分野における生物多様性の調節機能と一部の供給機能に絞り,その保全・利用に関する研究や事業の取組み,および今後の課題について紹介する。本報では主にヨーロッパの農地生物多様性および害虫自然制御や花粉媒介能を高める機能的生物多様性の保全を紹介するとともに,国内で機能的生物多様性を保全する場合の管理法を概述する。 (キーワード:農地,機能的生物多様性,植物,小動物,昆虫) |
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水田の生物多様性保全に役立つ栽培管理 |
(独)農業環境技術研究所 生物多様性研究領域 田中 幸一 |
環境保全型農業の推進が図られているが,それが生物多様性に及ぼす効果はよく分かっていない。その効果を定量的に評価するため生物指標の開発を目的として,プロジェクト研究が実施されている。本稿では,生物多様性を保全する生態系として重視されている水田地域を対象として,本プロジェクト研究の概要と現段階で選ばれた指標生物候補につて紹介するとともに,生息場所管理の考え方に基づく栽培管理技術の取り組み例と今後の課題について述べる。
(キーワード:環境保全型農業,機能的生物多様性,指標生物,天敵,生息場所管理) |
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生物多様性向上による露地ナスでの害虫管理 |
宮崎大学 農学部植物生産環境科学科 大野 和郎 |
農業生態系における生物多様性の保全と向上は,天敵群集やその餌となる生物群集の保全につながり,生態系サービスのひとつである天敵による自然制御を高めると期待されている。しかし,化学的防除中心の慣行防除ほ場では,天敵が害虫管理に有用であるという認識を得る機会はない。本稿では,非選択的殺虫剤の頻繁な散布による天敵の排除や除草剤の散布による徹底した雑草管理による天敵の生息場所やリフュージの排除などが行われている慣行栽培ほ場で,天敵などの有用生物の多様性向上や害虫管理への生態系サービスの導入がどこまで可能かを,露地ナス栽培を例に検討する。 (キーワード:生物多様性,土着天敵,保護強化,露地野菜栽培,植生管理) |
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生物多様性保全に配慮したリンゴ栽培 |
秋田県農林水産技術センター果樹試験場 舟山 健 |
農業における生物多様性の保全で,殺虫スペクトルの広い農薬は生物多様性を低下させるが,IGR剤などの選択的農薬は生物多様性の保全に有効である。また,土着天敵の生存や繁殖,行動などを高める生息環境管理は,生物多様性の保全で根幹をなす技術である。このような栽培管理の改善によって,土着天敵による生態系サービス(害虫抑制効果)が期待できる。本編ではリンゴ園を例に,生物多様性の保全に配慮した農薬散布および草生管理とその課題について紹介する。 (キーワード:生物多様性,リンゴ,土着天敵,農薬散布,草生管理) |
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畑作農地の植生管理が有用昆虫の多様性に及ぼす影響 |
(独)農業・食品産業技術総合研究機構東北農業研究センター 山下 伸夫 |
キャベツや大豆などの畑作地帯において,リビングマルチ,カバークロップ,フラワーベルト,不耕起地帯などの人為的な植生の設置が,有用動物のすみかとしての空間や,餌供給にも多様性を与えることになり,天敵や土壌動物など有用生物相を多様化し,ひいては虫害抑制にも寄与するとの報告は多い。しかしこれらの因果関係やそのメカニズムは未だ不明な部分が多く,安定した生産技術にするためには,これらを明らかにすることが不可欠である。 (キーワード:植生管理,被覆植物,害虫管理,天敵,生息地操作) |
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土壌小動物多様性への畑栽培管理の影響 |
(独)農業環境技術研究所 生物生態機能研究領域 金田 哲・岡田 浩明 |
耕起,農薬散布,有機物施用といった農作業は,地上部の生物のみならず,生息空間の撹乱,餌の供給や群集構造の変化(競争種や捕食者などの個体数変動)を通して土壌動物の種多様性や密度に影響を及ぼす。しかし,これらの影響は時間スケールや散布する薬剤の種類や量によって異なる。本稿では耕起,薬剤散布,有機物施用などの農作業が土壌動物(線虫,トビムシ,ダニ,ヒメミミズ,ミミズ)の多様性や密度,また線虫の群集構造から算出される土壌食物網の発達の程度(MI,SI)や有機物分解による土壌養分の増加の程度(EI)の関係を国内の研究を中心に紹介する。 (キーワード:耕起,有機物施用,土壌小動物,生物多様性,土壌食物網構造) |
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農村ランドスケープの維持管理と生物多様性保全 |
(独)農業環境技術研究所 生物多様性研究領域 山本 勝利 |
農村環境は農耕地だけでなく様々な生態系が混在している。特に水田農業では,田面,畦畔やのり面,水路やため池,里山の組み合わせからなる複合生態系が形成され,それを人々が適正に利用してきたことが豊かな生物相を育んできたと言われる。そこで,それらの複合生態系の維持管理と生物多様性保全との関係について,事例を交えながら紹介する。 (キーワード:ランドスケープ,複合生態系,二次的自然,里山,畦畔,集落) |
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農業農村整備事業における生物多様性保全対策と課題 |
(独)農業・食品産業技術総合研究機構農村工学研究所 森 淳 |
農村地域における生物多様性の劣化の原因の一つは,水路や水田など生産基盤の近代的な整備である。農業農村整備事業は農業生産性向上に寄与した一方で,水生生物を中心にインパクトとなった。その反省から,今では環境との調和に配慮することが事業実施の条件とされている。農業農村整備事業における生態系配慮の実例として東北農政局のいさわ南部農地整備事業(圃場整備事業)の取り組みを紹介する。そして,農業農村整備事業の生物多様性保全にむけた課題を述べる。 (キーワード:淡水魚,環境配慮,農業農村整備事業,圃場整備,ネットワーク) |
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生物多様性を育む農業技術−新潟県佐渡の事例を中心に− |
NPO法人 生物多様性農業支援センター 原 耕造 |
これまでの農業技術は収量の拡大技術,労働力の低減技術,品質の向上技術を中心に組み立てられてきたが,水田の持つ命を育む力を有効に引き出す技術が求められるようになった。そこで従来の技術とは異なる技術に視点を当てて,生物多様性を育む農業の未来像を探ってみたい。 (キーワード:生きものを育む農業,生きもの調査が基本,生物多様性水田構造,水田決議と近代農業,5,668種の指標生物) |
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持続可能な生態系サービス利用のための森林の生物多様性保全 |
(独)森林総合研究所 森林昆虫研究領域 岡部 貴美子 |
森林は陸上生物の多様性の7割以上を支えているといわれる,生物多様性保全の重要性が高い生態系である。森林生物の多様性は森林タイプや林齢に伴なって変化することから,これらを指標として森林の生物多様性予測マップを作成した。森林の生物多様性保全は他の生態系の生物多様性に直接影響すること,生態系サービスを提供していることなどからも重要である。従って持続可能な社会のための生物多様性保全について,ランドスケープレベルの生態系管理を提案する。 (キーワード:生態系サービス,生物多様性予測マップ,指標,ランドスケープ) |
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稲田養殖が紡ぎ出す生態系サービス |
(独)水産総合研究センター中央水産研究所 内水面研究部 井口 恵一朗 |
かつての川沿いの氾濫原に形成される一時的水域は,淡水魚の保育場として機能していた。水際の耕作適地が開墾されていくと,今度は水田水系が代替生息場所となり,生物多様性の維持に貢献してきた。ところがやがて,圃場整備が魚たちの往来を妨げるようになると,生物多様性は損なわれていった。稲田養魚を通じたオリジナル構成種の再導入は,環境・生産者・消費者の三方へ利得をもたらし,生物多様性の回復に役立つと考えられる。 (キーワード:一時的水域,二次的自然,水田漁労,近代的農法,生物多様性) |
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