Vol.34 No.4
【特集1】 第6回若手農林水産研究者表彰


動植物油脂を原料としたバイオ燃料製造技術の実用化
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター    飯嶋 渡
 近年注目を集めている動植物油脂を原料としたバイオ燃料に関し,そのさらなる普及を目的として,動植物油脂から種々のバイオ燃料を製造する技術の開発に取り組んだ。その結果,動植物油脂とメタノールを高温高圧条件下で反応させ,種々の化石燃料代替バイオ燃料を製造できる新たな技術を開発した。本技術は,燃料以外の副産物を排出しないため廃棄物処理が不要であり,動物脂など常温では固体の油脂も氷点下で利用可能な燃料にでき,ガソリン,灯油と同じ成分も生成可能である点を特長とする。開発した技術は,民間企業と共同で製造装置を開発・市販し,食品加工工場などへ導入されつつある。
(キーワード:バイオ燃料,軽油代替燃料,動植物油脂,廃食用油,資源循環)
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ブタ精液の凍結及び融解法の開発による人工授精技術の高度化
大分県農林水産研究指導センター    岡崎 哲司
 養豚業における種付け業務は自然交配と新鮮精液による人工授精で行われている。しかし,これらの方法は雄ブタの多頭飼育や急な発情に対応できないなどの欠点が多い。凍結精液による人工授精はこれらの問題を解決する有効な手法であり,ニーズが高い。そこで,まず,採取精液の処理法と凍結保存液の開発を行うことで的確な凍結法を確立した。次に,融解液の組成を最適化し,かつ,人工的に合成化することにより安全な融解法を確立することで凍結精液技術の実用化に成功した。
(キーワード:ブタ,精子,精漿,凍結精液,人工授精)
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スギ花粉対策のための無花粉スギ品種開発に関する研究
富山県農林水産総合技術センター 森林研究所    斎藤 真己
 スギ花粉症対策の一環として,富山県森林研究所では無花粉(雄性不稔)になる性質を持つスギを発見し,この性質は一対の劣性遺伝子(aa)に起因していることを明らかにした。その後,初期成長と挿し木の発根性に優れた無花粉スギ「はるよこい」を選抜し,品種登録した。さらに,雄性不稔遺伝子をヘテロ型(Aa)で保有するスギ精英樹を発見し,この精英樹を交配親とする「優良無花粉スギ」を育成した。この精英樹(Aa)と無花粉スギ(aa)を用いて室内採種園を造成し,「優良無花粉スギ」の大量増殖法を確立した。新たに各地で発見された無花粉スギ11個体についても諸特性を解明して,「無花粉スギのデータベース」を作成・公開した。これらの成果は,今後のスギ花粉の飛散抑制や林業の活性化に繋がるものと期待される
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Vol.34 No.4
【特集2】 最新の農林水産研究トピックス


世界初の「ウナギの完全養殖」に成功!
−天然資源に依存しないウナギの養殖に道を開く−
(独)水産総合研究センター 養殖研究所  田中 秀樹・野村 和晴・風藤 行紀
(独)水産総合研究センター 志布志栽培漁業センター  今泉 均・増田 賢嗣
 ウナギは盛んに養殖されているが,飼育下で自然に産卵しない魚であり,その一生には多くの謎が残されている。そのため,人工的に成熟させて受精卵を得ること,ふ化後,餌を与えて育てること,長期にわたるレプトセファルスと呼ばれる幼生期を経て透明な稚魚,シラスウナギに変態させることなど,すべてが困難であった。水産総合研究センターではこれまでの研究成果を基に,2002年に世界で初めて人工的にシラスウナギを作り出すことに成功し,昨年春には人工ふ化ウナギを育てて親とし,さらに次世代を得る「完全養殖」を達成した。この技術により,天然資源に依存しないウナギの養殖が理論的には可能となり,将来はウナギの育種も期待される。
(キーワード:ウナギ,完全養殖,種苗生産,シラスウナギ,レプトセファルス)
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イネ収量増加遺伝子の発見
福井県立大学  三浦 孝太郎
名古屋大学生物機能開発利用研究センター  北野 英己・芦刈 基行
 イネの種子数を著しく増加させる遺伝子‘WFP’を特定し,この遺伝子の発現量が増加すると稲穂に形成される枝(1次枝梗)の数が増加し,これに伴って種子数が増加することを明らかにした。この高発現アリルのWFPを標準的な日本型イネ品種「日本晴」に導入すると1次枝梗の数が2倍に増加することを示した。さらに,このWFP遺伝子と種子数増加遺伝子Gn1を組み合わせることで1個体当たりの種子数を1.5倍に増加させることに成功した。
(キーワード:イネ,収量性,遺伝子単離,テーラーメード育種)
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米粉100%(グルテン不使用)パンの新しい製造技術の開発
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 食品総合研究所    矢野 裕之
 米粉を原料としたパンの開発は食料自給率を高めるための切り札の1つとして期待される。また,小麦アレルギーやセリアック病など,小麦粉の摂取に起因する疾患の対応策としても,グルテンフリー食品の開発が求められている。広く生物の細胞に含まれ,サプリメントにも利用されるペプチド「グルタチオン」を米粉生地に添加することで,発酵時に生地が膨らみ,グルテンや小麦粉を加えなくても米粉100%でパンができることが分かった。市販されている通常の米粉を原料にして,ホームベーカリーで簡単に作ることができる。
(キーワード:グルタチオン,グルテンフリー,米粉パン,ジスルフィド,蛋白質)
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水稲種子にモリブデン化合物をまぶすことにより直播での苗立ちが改善
−簡易で低コストな水稲の直播技術を開発−
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター    原 嘉隆
 田植えせずに水田に直接播種する直播は省力的な技術であるが,苗立ち確保には酸素発生剤による種子被覆が必要で,その費用と手間が直播の普及を妨げている。そこで,酸素発生剤を被覆しないと種子が枯死する理由を調べたところ,種子近傍における有害な硫化物イオンの生成が疑われた。これを受けて,硫化物イオンを抑制するモリブデンを種子にまぶして播種したところ,苗立ちの向上が確認できた。この処理は,費用と手間がほとんどかからないため,直播の普及を推し進める可能性を持ち,水稲作の生産コスト低減に寄与することが期待される。
(キーワード:水稲,直播,苗立ち,硫化物イオン,モリブデン)
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「コシヒカリ」の全ゲノム塩基配列解読ー日本のお米の起源と変遷が明らかにー
(独)農業生物資源研究所 QTLゲノム育種研究センター    山本 敏央・長崎 英樹
 日本一の栽培面積と生産量を誇るイネ品種,「コシヒカリ」の持つ遺伝子の特徴を理解することは日本に適したイネ品種の効率的な開発のために重要である。近年急速に発展した遺伝子配列解読技術を用いて「コシヒカリ」の全塩基配列を短期間で解読することに成功し,すでに全塩基配列が明らかとなっている品種,「日本晴」の塩基配列との間に6万7,051ヵ所の一塩基多型SNP)を検出した。また品種改良の歴史における主要品種について,得られたSNPを利用して遺伝子型調査を行い,「コシヒカリ」のゲノムの起源や近年の良食味イネ品種が共有するゲノム領域を特定した。本研究により日本のイネ品種の効率的改良やおいしさに代表される「コシヒカリ」の特徴を決める遺伝子の理解が進むと期待される。
(キーワード:イネ,次世代シーケンサー,一塩基多型(SNP),系譜,ゲノム育種)
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由来の確かなウシ卵子の超低温保存技術による子牛の生産、国内で初めて成功
佐賀県畜産試験場  詫摩 哲也・江副 大輔・一丸 仁
家畜改良センター 新冠牧場  青野 晃
北海道大学大学院 農学研究科  川原 学
山口大学 農学部獣医学科  音井 威重
 わが国における黒毛和種の改良・増殖において,優良遺伝資源保存の手段は精子もしくは胚の凍結保存が主流である。一方,雌牛の遺伝資源である卵子の保存は技術的に困難であるものの,改良・増殖をより効率的に進めるためにも保存技術の確立が望まれている。筆者らは,経腟採卵により採取したウシ卵子の長期保存技術の実用化に向け,保存処理後の体外受精による胚生産を行い,胚移植による子牛生産を試みた。この研究により超低温保存したウシ卵子から由来の確かな黒毛和種子牛2頭を生産することに成功した。さらに超低温保存したウシ卵子由来の体外受精胚を再度保存することにも成功し,この胚移植により黒毛和種子牛3頭を生産した。
(キーワード:ウシ卵子,経腟採卵,ガラス化保存,体外受精,胚移植)
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主要コメ科作物ダイズのゲノム塩基配列解読に貢献
理化学研究所 植物科学研究センター    櫻井 哲也・梅澤 泰史・篠崎 一雄
 ダイズは,マメ科に属する世界的な主要作物で種子中のタンパク質,油含有量に優れ,食用,飼料用,工業用原料として,需要は年々増加している。今回,米国を中心とした研究グループに日本も参加し,11億塩基対とされるダイズゲノム塩基配列決定を行い,ほぼ染色体ごとの配列データの集合化を行った。ダイズ完全長cDNA配列データを活用し,タンパク質をコードする遺伝子として4万6,430種を同定した。これらの成果による高精度なダイズゲノム情報は,生物種や品種間の違いの網羅的な把握を可能にし,ダイズ遺伝的形質の理解や有用ダイズ品種の開発などの効率化に貢献すると期待される。
(キーワード:ダイズ,ゲノム,比較ゲノム,データベース)
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電磁波殺菌とナノミストを用いた青果物の高鮮度輸送技術の開発
九州大学大学院 農学研究院  内野 敏剛・田中 史彦・濱中 大介・福田 晋・堀田 和彦
福岡県農業総合試験場  馬場 紀子・法村 奈保子・塚崎 守啓
株式会社前川製作所 食品ブロック  篠崎 聡・比留間 直也・江龍 晃・伊東 一敏
株式会社エミネット 第一事業部  眞野 晃造・垣内 誠
全国農業協同組合連合会 福岡県本部  波多江 淳治・日野 則子・青柳 善磨・野中 真太郎
 青果物の輸出を促進する目的で,赤外線(IR)・紫外線(UV)による表面殺菌と,微細ミスト(ナノミスト)発生装置を備えたコンテナにより,青果物の品質を高度に維持したまま大量に輸送する技術を開発した。IR・UVにより殺菌した数種類の青果物は対照区に比べて微生物被害が軽減し,ナノミストによる高湿度環境下に置かれた段ボールは慣行ミストに暴露したものより強度を維持した。またコンテナに青果物を積載し,香港への輸送試験後のイチゴに対する現地消費者の評価は航空便と同等で,船便による輸出の可能性を見出した。
(キーワード:IR・UV殺菌,ナノミスト,青果物,輸出促進)
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土壌洗浄法によるCd汚染水田の実用的技術を確立
−低コストで水田土壌のCdを除去−
(独)農業環境技術研究所  牧野 知之・前島 勇治・赤羽 幾子・
 荒尾 知人永井 孝志・堀尾 剛
長野県農業試験場  関谷 尚紀
富山県農林水産総合技術センター 農業研究所  稲原 誠
福岡県農業総合試験場  茨木 俊行
新潟県農業総合研究所 園芸研究センター  竹田 宏行
太平洋セメント株式会社  神谷 隆・高野 博幸
 コメのカドミウム(Cd)基準値が2011年2月に改正され,現行の客土法に代わる汚染水田の修復法の開発が求められている。当研究グループで開発した塩化鉄を洗浄剤とした土壌洗浄法を改良し,Cd除去効率が高く,環境にやさしい実用的な土壌浄化技術を確立した。本法による土壌の洗浄により,水田における土壌のCd濃度は60〜80%程度,生産される玄米中のCd濃度は70〜90%程度低下した。標準的な費用は10a当たり約300万円と客土(300〜600万円程度)と同等以下の水準となる。
(キーワード:カドミウム,コメ,土壌汚染,土壌浄化,洗浄法)
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高バイオマス量サトウキビ品種の開発と
「砂糖・エタノール複合生産プロセス」の実証
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター 寺内 方克・寺島 義文・樽本 祐助・服部 太一朗・
境垣内 岳雄・松岡 誠・杉本 明・松永 亮一
アサヒビール株式会社 研究開発戦略部 安原 貴臣
アサヒビール株式会社 豊かさ総合研究所 石田 哲也・小原 聡・福原 誠司・増田 隆之・野村 智彦・永山 寛一
 「砂糖・エタノール複合生産プロセス(伊江島方式)」は,野生種の力を導入して生産力を飛躍的に高めた「高バイオマス量サトウキビ」を用いて砂糖の生産量を減らさずに大量のエタノールを生産する新 たなビジネスモデルである。このプロセスを実用化するため,収量が従来品種の1.5倍で,糖質の生産量は1.3倍となるモデル品種「KY01―2044」を開発した。伊江島に設置した実証プラントでの試験によっ て,この品種を用いた場合,砂糖の生産量を減らさずに,低コストでエタノールを製造できることを実証した。
(キーワード:サトウキビ,バイオマス,砂糖,エタノール,)
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