Vol.34No.9
【特 集】 新しい繁殖技術を活用したウシの受胎率向上


ウシの受胎性低下の現状
(独)農業・食品産業技術総合研究機構畜産草地研究所    平子 誠
 農林水産省,畜産草地研究所,家畜改良事業団,日本家畜人工授精師協会などが行った調査の成績や内外の論文を基にウシの受胎性低下の現状を紹介する。乳牛の受胎性低下は世界的に問題となっており,わが国においても同様の傾向が認められている。肉牛では,調査によって結果が錯綜しており,受胎性低下の傾向は明確でない。乳牛の受胎性を示す指標を見ると,経産牛の受胎率が年次とともに低下しており,地域性も伺われる。分娩間隔も延長する傾向にあり,乳量との関係が示唆される。受精卵移植の受胎率は低下していないが,高泌乳牛では発情兆候が微弱化し,胚死滅率が上昇している。乳牛の受胎性低下は経営の足かせとなっており,酪農業全体の生産性向上には,受胎性改善の取り組みが必要である。
(キーワード:分娩間隔,胚死滅,発情微弱,受精卵移植,受胎率)
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乳牛の繁殖成績低下の現状とその改善を考える
酪農学園大学    堂地 修
 乳牛の繁殖成績は,各国で乳量の増加と反比例するように低下した。わが国でも過去20〜30年の間に乳量は増加したが,繁殖成績が低下した。この間に乳牛の飼養管理方法も大きく変わり,多頭化にともないフリーストール牛舎の導入が増えた。繁殖成績の改善を図るためには,現在の乳牛の繁殖成績の現状を理解し,対応策を考えなければならない。特に栄養管理,発情観察,人工授精の適期について再考の必要がある。
(キーワード:乳牛,受胎率,人工授精,BCS,発情)
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乳牛における歩数計を用いた発情発見
(独)農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター    坂口 実
 乳牛の高能力化に伴う繁殖性の低下は,世界的な問題となっている。これには様々な要因が関与しているが,人工授精の前提となる分娩後の発情回帰の遅れや,発情行動の微弱化,およびその持続時間の短縮は大きな原因である。そこで,省力的かつ正確に乳牛の発情行動を発見するための道具として,歩数計を用いた方法(行動量上昇)を検証した。育成牛で予備的に検討し,有用性を確認した後,搾乳牛での実用性を検討した。その結果,放牧条件下では転牧に伴う歩数変動に留意する必要があるものの,実用的な方法であることを確認した。
(キーワード:発情,行動量,無発情排卵,無線送信歩数計)
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キスペプチンによる家畜の新たな繁殖制御法
(独)農業生物資源研究所    岡村 裕昭
 近年,キスペプチンという物質が発見され,生殖のマスターレギュレーターとしての機能に関心が高まっている。これまで,生殖内分泌制御系の司令塔は性腺刺激ホルモン放出ホルモン,GnRH,とされてきたが,実は,性腺からの情報を直接受容し,さらに環境の変化を読み取り,卵胞発育や排卵を指令する生殖調節中枢としてGnRH分泌をコントロールしているのはキスペプチンだったのである。キスペプチンの登場により生殖内分泌制御系に関する理解も急速に深まり,今後,新たな家畜繁殖制御法の開発に向けた有用な知見が提供されてくるものと期待される。
(キーワード:キスペプチン,GnRH,サージ状分泌,パルス状分泌,生殖内分泌)
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受精卵移植を活用した暑熱環境下におけるウシ受胎性の改善
(独)農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センター    高橋 昌志
 我が国の夏は高温多湿であり,夏季の高温は国内の広い範囲に及ぶが,これら夏季の高温・高湿度は家畜の生産性に大きな影響を及ぼす。特に,夏季の高温下ではウシ人工授精実施後の受胎率が非暑熱期と比べて低下し,年間を通じての計画的な産子生産や牛乳生産に深刻な影響を与えている。近年,特に問題化している温室効果ガスの増加や気象変動による世界的な夏季気温の上昇は,家畜生産にも大きく影響することが予想される。本稿では,夏季高温期に見られる人工授精後受胎率低下の要因を胚発生初期の暑熱感受性からの観点に関する研究知見を中心にして,暑熱耐性が高まることが知られている受精卵移植技術を積極活用することで,受胎率向上が期待できる技術研究について解説する。
(キーワード,夏季高温,暑熱ストレス,受胎率低下,受精卵移植)
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妊娠認識機構を用いた受精卵移植の受胎率向上への取り組み
(独)農業・食品産業技術総合研究機構畜産草地研究所    高橋 ひとみ
 妊娠の成立には,母体が子宮内の胚の存在を知る妊娠認識が必要であり,妊娠の継続は黄体の機能維持と密接不可分である。反芻動物では,妊娠認識物質として胚の栄養膜細胞から分泌されるインターフェロンタウ(IFNτ)が見いだされた。IFNτは子宮内膜のI型IFNレセプターに結合して黄体退行に作用するプロスタグランジン(PG)F2αの産生に関わる遺伝子発現を抑制し,PGF2αの波状放出を妨げ,黄体機能を維持する。ウシの妊娠成立には,受精後17日までに胚から十分量のIFNτが分泌されることが必須であり,IFNτの不足は早期胚死滅につながる。IFNτ産生能が低下している可能性のある体外操作胚では,生体由来の栄養膜細胞をIFNτ産生源として共移植することで受胎率の向上が期待できる。
(キーワード:妊娠認識,インターフェロンτ,プロジェステロン,プロスタグランジンF2α)
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分娩後早期の子宮環境コントロールによる受胎性の改善
岩手大学    大澤 健司
 牛の子宮疾患は受胎性を大きく低下させる。子宮内膜炎は乳牛の分娩後早期において30〜40%の罹患率であるものの,有効かつ迅速な(実用的な)診断法,治療プロトコールはいまだ確立されていない。近年,子宮内膜スメア中の多形核白血球(PMN)%をモニターすることで内膜炎を正確に診断できることが明らかとなり,このツールを用いて牛群の受胎率向上につなげることが期待されている。より実際的なアプローチとしては,乾乳期における飼養管理の面から分娩後早期の個体の免疫機能をコントロールすることで子宮疾患を予防し,繁殖成績を向上させることであろう。
(キーワード:子宮環境,子宮内膜炎,分娩後早期,繁殖管理,フレッシュチェック)
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泌乳曲線の平準化による繁殖性の改善
(社)家畜改良事業団    富樫 研治
 高泌乳に伴い繁殖性が低下してきたが,その主な原因は,卵胞発育や卵巣ホルモン産生を低下させる分娩後の負のエネルギーバランスと泌乳中後期と乾乳期の過肥にある。従来,高泌乳は繁殖性を犠牲にするとされていたが,同じ1乳期の総乳量を維持しながら分娩後に乳量がゆっくり上がり,ピーク以降ゆっくり下がる泌乳曲線が平準化した牛は,繁殖性低下の根源を軽減することで乳量の生産性と繁殖性の両立が期待できる。
(キーワード:平準化泌乳曲線,負のエネルギーバランス,泌乳持続性,体脂肪動員,過肥)
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体細胞クローン技術を用いた繁殖性の高い牛の改良と増殖
(独)農業・食品産業技術総合研究機構畜産草地研究所    渡辺 伸也
 牛の受胎率低下に関与している要素のひとつとして,繁殖性にかかわる牛の遺伝的能力の優劣がある。これを克服するための研究アプローチとして体細胞クローン技術(牛のコピー技術)の利用がある。具体的には,繁殖性の高い牛の改良と増殖を実現するため,繁殖用エリート雄牛の選抜にその候補牛の体細胞クローンを用いた能力検定を用いるアプローチ(クローン検定)やトップクラスの種雄牛などの体細胞クローンを作成し,その後代(F)を利用するアプローチ(クローン後代利用)がある。後者は,体細胞クローン牛をフードチェーンに入れないという農林水産省による通達の精神に反している反面,経済的に高いポテンシャルを有している。
(キーワード:牛,受胎率低下,体細胞クローン技術,改良と増殖)
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