Vol.5 No.6
【特 集】 花き研究の最前線


特集の目的とねらい
農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門    市村 一雄
 日本国内の花き生産を振興するためには,研究の推進により画期的な技術の開発が必要となっている。本特集では,遺伝育種,生物工学,生産技術,病害制御,品質発現制御の各分野において,第一線で活躍 している研究者により,花きにおける研究開発の現状と展望について紹介する。
(キーワード:ゲノム編集,トランスポゾン,大規模水耕栽培,アントシアニン,香気成分)
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花きにおけるゲノム編集研究の現状と課題
農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門
    佐々木 克友・加星 光子・間 竜太郎
  近年,「ゲノム編集」技術が世界的に様々な生物種で急速に利用されつつあり,国内の農業分野では,イネやトマトなどを中心に実用化を目指した研究が進められている。現在報告のある植物のゲノム編集研究 の多くは,イネ,トマトを初めとした種子繁殖性の植物である。一方,国内の切花生産量の40%を占めるキクのように,花きの中には挿し芽などの栄養繁殖により個体を増殖し,染色体の倍数性が高いためにゲノム編集 が困難な品目が存在する。これらの花きにおけるゲノム編集技術の開発および利用には,種子繁殖性の植物とは異なる工夫が必要となる。本稿では,花きにおけるゲノム編集技術について,主にキクを例にして現状と 今後の課題を紹介する。
(キーワード;キク,ゲノム編集,高次倍数性,栄養繁殖,CRISPR/Cas9)
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トレニアに内在する変異原を利用した育種法と形質解析法の開発
農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門    西島 隆明
 花き類では,比較的短い期間に変異が急速に拡大し,観賞性が大幅に改善されて主要品目になるケースが散見されるが,この過程には,生物に内在する変異原であるトランスポゾンが関与しているかもしれな い。私どもは,夏の花壇用花きとして親しまれているトレニアで,トランスポゾンの転移が活性化した系統「雀斑(そばかす)」を発見した。この系統は,自殖するだけで変異体を高い確率で生じる。「雀斑」は,トレニアの育 種においてブレークスルーをもたらすだけでなく,花き類の重要形質の分子機構解明に繋がる可能性を秘めている。
(キーワード:トランスポゾン,突然変異,花き育種,観賞性,トレニア)
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「カーネ愛農1号」を中心とした画期的カーネション品種の育成
愛知県農業総合試験場    堀田 真紀子
 愛知県は全国第2位のカーネーション生産県である。愛知県農業総合試験場では,県育成品種によるスプレーカーネーションのブランド化を目指して,これまでに特色のある9つの品種を開発してきた。特に農業 ・食品産業技術総合研究機構(以下,農研機構)と共同で開発した「カーネ愛農1号」は,花の日持ち日数が19.2〜21.3日と極めて長いことに加え,年内収量が多く,茎が硬いため秋季から高品質な切り花を得ることがで きる。また,花色が普及性の高いピンク色で花径が大きい等の優れた特性を持つ。
(キーワード:スプレーカーネーション,新品種,日持ち,エチレン)
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花きの高温障害を軽減する夜間短時間冷房技術の開発
広島県立総合技術研究所 農業技術センター    梶原 真二
 国内で生産される花きにおいては,高温による品質低下や開花期のずれなどの障害が発生している。一部の花き生産者は,高温障害軽減を目的にヒートポンプを利用した日の入りから夜明けまでの終夜冷房を 行っているが,電力料金が経営に影響している。いくつかの花き品目において,日の入り後から4時間,あるいは日の出前の4時間だけを冷房する「夜間短時間冷房」による高温障害軽減効果は,従来の終夜冷房と比較 して同程度でありながらも,消費電力量を40〜60%削減できる効率的な温度制御技術となりうる可能性を示し,技術導入に際しての目安となる栽培管理指針を公開した。
(キーワード:温暖化,切り花,鉢物,高夜温,ヒートポンプ)
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キクの開花調節技術の最近の進展
鹿児島県農業開発総合センター    白山 竜次
 キクは我が国最大の花き品目で,夜間に照明を行う電照栽培により周年出荷を実現している。近年,キクの電照用光源が従来の白熱電球から,長寿命で消費電力の低い蛍光灯やLED光源に移行しつつある。こ れらの光源は白熱電球と光質が異なることから,植物に及ぼす効果も異なる可能性が考えられる。そこでこれらの新光源を用いたキクの効果的な電照方法を明らかにするために,電照効果の高い波長,遠赤色光の作 用,効果の高い時間帯などについて検討した結果,従来の知見とは異なる結果が得られており,最適な電照技術の確立に向けて,電照方法の見直しが進められている。
(キーワード:開花調節,光源,波長,暗期中断,限界日長)
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農薬適用拡大による水耕栽培におけるトルコギキョウの土壌病害防除について
農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門    佐藤 衛
 トルコギキョウを水耕栽培で安定的に生産するためには,土壌病害対策が必要不可欠である。病害の発生を抑え,なおかつ栽培終了時において,処理した薬剤の薬効成分が養液内において登録保留基準を下回る施用方法の検討・試験を行った。その結果,アゾキシストロビン・メタラキシルM粒剤0.25g/株を定植後まもなく株元に処理することにより,根腐病の発生を抑制し,薬効成分の検出は栽培終了時の養液において,農薬の登録保留基準値を下回った。2カ年にわたる同様試験結果を得,アゾキシストロビン・メタラキシルM粒剤1回処理が水耕栽培におけるトルコギキョウ根腐病の防除に有用であることが明らかとなった。
(キーワード:トルコギキョウ根腐病,NFT式循環型水耕栽培,農薬適用拡大,アゾキシストロビン・メタラキシルM粒剤,Pythium
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花の香気成分発散のメカニズムとその制御
農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門    大久保 直美
 花の香りは多種多様な香気成分で構成されている。バラやユリなど,品目によって香りは異なるが,各品目の品種によっても香りは大きく異なっている。農研機構では多くの品種の香気成分解析により,チューリ ップの香りの特徴を明らかにした。また,花が香る仕組みの研究から,香気成分生合成阻害剤を用いて,ユリ香り抑制剤を開発した。香気成分発散の制御の仕組みと処理方法について解説する。
(キーワード:花き,香気成分,多様性,発散制御)
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花きの花色と花色素(特にアントシアニン)に関する研究の現状と問題
岩手大学農学部    立澤 文見
 花き作物は人為的な品種改良により育成されるため,それらの花色は野生植物よりも非常に多彩である。特に需要の高い花き類は花色の変化を求めて育種が活発におこなわれ,シリーズ化されるなどして品種 数が非常に多い。しかし,花色の成因の複雑さに対して表現型が単純なため同一品目のシリーズ間で類似花色の品種が多く,消費者にとって花色から見た品種の選択肢は限られた範囲にとどまっている。そこで,本稿 では花色素の中でも特にアントシアニンに着目して発色に関わる要因を品目ごとに体系化し,今後の新花色品種育成の基礎情報としてまとめた研究をいくつか紹介する。
(キーワード:花色,花色素,アントシアニン,新花色品種)
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