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商虫列伝(2) 輸入もの

 あまり感心できないが、近隣諸国の安い労働力の利用なしには、おおかたの日本の企業は成り立つまい。釣り餌の商虫たちの中には、こうした諸国との共通種も多く、 もしこれが許されるならば少なくとも国内の"天然もの"よりは安価に収集することが可能であろう。

 しかし、幸か不幸か、これらの商虫たちの多くは植物を食べる種類であるため、生きた虫の輸入に関しては植物防疫法によって輸入が規制されている。ただし、国内にすでに普遍定期に分布している一部の種や肉食または腐食性の種類となると話が別で、 海水魚用の主要な釣り餌であるイソメやゴカイ類などは、すでにその大半が韓国、中国、台湾などからの輸入品でまかなわれているという。また、釣り餌でも、後述の「さし」の仲間(キンバエ類の幼虫)などは植物防疫法に抵触せず、 その気になれば輸入できるが、日本でも簡単に増殖できるのでその意味がない。

 また、家内工業的な釣り餌の世界で輸入というのもおおげさだが、どうやらここに紹介した「ジャンボミルワーム」は海外由来の種であり、「赤虫」は例外的にその供給を海外に依存しているらしい。


ツヤケシオオゴミムシダマシ(安藤新称) Zophobas atratus (写真O-1・2)
[釣り餌名:ジャンボミルワーム、ジャイアントミルワーム、スーパーワーム、ロイヤルミルワームなど]

 1999年の冬、釣り餌の昆虫に興味を持たれているという福岡県在住の高見仁氏からジャンボミルワーム、スーパーワーム、などの名で、ペットの餌および釣り餌用に売られているという大型のゴミムシダマシの一種の幼虫 (以下"ジャンボ")を送っていただいた(O-1)。ぼくにとってははじめてみる商虫であった。

 商品名の「ミルワーム(=ミールワーム)」は、本来はコメノゴミムシダマシTenebrio obscurus (英名ダーク・ミールワーム)とチャイロコメノゴミムシダマシT.molitor (英名イエロー・ミールワーム)(写真O-3〜6)という同属の2種の甲虫の幼虫を指す。この本家ミールワームは、共に幼虫の体長が17mm前後であるのに対し、"ジャンボ"は形こそ似ているが、 名のとおり40mm強と格段に大きい。

O-1 「ジャンボミルワーム」
(ツヤケシオオゴミムシダマシ幼虫)
O-2 同、成虫

 ここで"ジャンボ"は後回しにして、もう少し本家ミールワームにふれておきたい。

 ミールワームは、ある程度大きさがあり、フスマ(麦の皮のカス)や穀粉などで大量増殖ができ、幼虫期間が長く、保温して調整すれば一年中供給が可能である。また、食虫動物や小鳥などが好んで食べるなどの利点があり、 今日では日本を含めて世界中の動物園で餌として多用され、昆虫食のペット用の餌としても驚くほどの量が広く販売されている。

 チャイロコメノゴミムシダマシはヨーロッパ原産で低温に強く、世界の温帯の冷涼な地域に分布を拡大しているのに対し、コメノゴミムシダマシはインド原産と考えられ、高温に強く、熱帯から温帯に広く進出している。 日本で使われているのはすべてイエロー・ミールワームことチャイロコメノゴミムシダマシで、大量に増殖されているものの野外で定着しているかどうかは定かではない。逆にダーク・ミールワームことコメノゴミムシダマシは、 すでに日本に侵入定着しているが、なぜか日本では餌としては利用されていない。

O-3 ペットの餌のミールワーム
(チャイロコメノゴミムシダマシ幼虫)
の売品の容器
O-4 同、中の幼虫

O-5 チャイロコメノゴミムシダマシ
(イエロー・ミールワーム)の成虫
O-6 コメノゴミムシダマシ
(ダーク・ミールワーム)の成虫

 本家ミールワームが西欧においてペット、とくに小鳥の餌として利用されるようになった時期は定かではないが、おそらく20世紀になってからのことで、さらにこれが販売されるようになったのは、 第二次世界大戦後、小鳥の飼育が盛んになってから以降のことと思われる。日本でも販売されるようになった時期は比較的新しく1980年前後のころと思われる。最近ではペットブームに乗って、 主として爬虫類や両生類の餌としての需要が大きく、価格も1匹1円程度で餌昆虫としてはきわめて安価である。

 ミールワームは伝統的に虫を食用にしている地域でも、多彩な食用昆虫と並んで大量に販売されているが、販売目的はすべて小動物の餌だけである。価格も増殖の容易さも食用昆虫としての条件を満たしているが、 アメリカなどで虫の試食イベント折などにしばしば使われているものの、不思議と食用に売られている事例は見たことがない。やはり味や歯触りなどに難点があるのであろうか。また、釣り餌の商虫そのものが存在しない諸外国はともかく、 大型熱帯魚の餌にもなっているミールワームがこれまで日本で釣り餌に使われなかったのはむしろ不思議である。ほかの釣り餌と比べて皮膚がかたそうな点以外は、それほど遜色があるとはぼくには思えないのだが……。

 ここで問題の"ジャンボ"に話を戻そう。

 高見氏から送られてきた小動物の餌のカタログには、この虫について、「スパーワーム 発売元―ハッピーホリデイジャパン。20匹カップ入り―オープン価格。主にハ虫類、大型熱帯魚の年間を通しての生餌として、 またはヤマメ、アマゴ、ブラックバス、ニジマスなどの大型魚の釣餌を対象として開発されたもの。栄養価、嗜好性、釣果は十分に実証済」とあった。高見氏によれば、購入したペットショップの話では、 最初(1990年ころ)は中国から輸入していたが、まもなく国内でも増殖できるようになり、1995年ころからは大量に出回るようになったという。

 こういう次第で、送られてきた数匹のナゾの"ジャンボ"を、容器に入れてあったフスマでそのまま飼育したが、成虫になったのはの1匹だけ(写真O-2)で、それも間もなくほかの幼虫に襲われてバラバラにされて破片だけが残された。 やむなく成虫のこの破片を、専門家の安藤清志氏にを送って同定を依頼し、学名が「Zophobas atrantus 」と判明した(ただし、アメリカのペットの餌業界では20世紀初頭に使われていた旧名の「Z. morio 」が今も使われている由である)。 本種は日本には分布せず、和名もないので、ここでは安藤氏に提案いただいた「ツヤケシオオゴミムシダマシ」を新和名として用いた。

 安藤氏からの本種に関する情報を要約すれば次のとおりである。

 「中〜南米原産で、アメリカにはたくさんの増殖業者があり、キングミールワーム、スーパーワームなどの商品名で小動物やトカゲの餌用に販売されている。釣り餌ではない。中国には分布せず、 中国からの輸入品ならば養殖品であろう。フスマのみでは飼育できない。野菜屑なども喜んで食べるが、幼虫は動物性タンパク質を必要とし、共食いもする」

 まさに「目からウロコ」である。ぼくが知らなかっただけで、インターネットで検索したところ、すでに本種は日本のペット業界でも標記のようなさまざまな商品名で餌虫として売られ、 いまや本家ミールワームをしのぐほどの勢力を誇っていることがわかった。また、共食いの激しさに困っているという情報もあった。高見氏が購入したのはバラ売りで1匹25円だった由だが、 インターネットでの広告では数がまとまれば1匹7〜10円ほどの価格であった。



 思えば、日本には釣具店とは別にペットショップというもうひとつの商虫の世界があった。この二つの世界は似て非なるもので、互いに商売上の接点がない。現在、釣具店にはペットの餌がなく、 ペットショップでは釣り餌を売っていない。ただ最近では、後述の「養殖ぶどう虫」がペット界にも進出し、インターネット情報では「釣具店で購入できる」とあるが、一部はすでに直接ペットショップでも販売するようになったとか。 また、釣り餌用とペット用では「養殖ぶどう虫」の種類が違うという興味ある情報もある。

 いずれにしても、このたびペットショップと釣具店の双方に商虫を卸す餌屋さんが、"ジャンボ"を釣り餌としてデビューさせたことによって、この虫の情報がぼくにもたらされることとなった。

 思惑どおり"ジャンボ"が釣り餌の商虫の一角を担い、それを契機として本家ミールワームも釣り餌界に参入する道が拓けるのであろうか。それとも釣り餌への販路拡大には無理があり、 ペットの餌専用として元のさやに収まるのであろうか。遠からずユーザーがその結果を出してくれることであろう。

 本来、ミールワームの仲間は雑食性で、野外では腐敗した植物やほかの小昆虫なども食べて生活しているらしい。屋内にあっても完全な穀粒では生活できず、フスマや変質した穀粉などを食べて育ち、 害虫としての重要度は低いが、一応は穀類害虫の一員とされている。一方、この虫は他の穀類害虫を捕食する天敵でもある可能性がある。

 その実態は判然としていないが、現段階では日本に分布していない"ジャンボ"ことツヤケシオオゴミムシダマシを生きたまま輸入することは植物防疫法に違反する。つまり輸入者に違法の認識があったかどうかは別として、 実態は輸入禁止の虫を「密輸」して増やして販売していることになる。



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