Vol.7 No.2
【特 集】 ゲノム編集技術による画期的な農水産物の開発


特集のねらいとゲノム編集育種を取り巻く現況
筑波大学    大澤 良
 わが国におけるゲノム編集技術を利用した作物品種の社会的実用化は,トマトをはじめとしていくつかの作物で目の前に来ており,わが国は世界的にも本技術を利用した育種の先頭に立っていると言える。一方,本技術のライセンスは海外企業が保有しており,その取り扱いが懸念されているのも事実である。また外国のライセンスとは別に国産の編集技術も進展しており,国際的にも注目されているところである。本特集では,「戦略的イノベーション創造プログラム次世代農林水産業創造技術(SIP)」(内閣府)において推進されてきたゲノム編集技術利用による育種の現状を中心に,またこれに係る規制の動向など合わせて紹介する。
(キーワード:ゲノム編集技術,戦略的イノベーション創造プログラム(SIP),規制)
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ゲノム編集基盤技術の開発と植物への適用技術の確立
農研機構 生物機能利用研究部門    廣瀬 咲子
 本稿ではSIP「次世代農林水産業創造技術」の「新たな育種体系の確立」の中で進められてきたゲノム編集の基盤技術開発と,それを作物等の植物に適用する周辺技術の改良の取り組みについて紹介する。特に基盤技術では現在,主要国で次々と成立している海外の基本特許に対抗できるゲノム編集基盤技術の開発にフォーカスし,また,遺伝子組換え生物の規制がゲノム編集作物にどのように関わるのか議論されている中,そういった規制や社会実装のハードルを低くできるような,植物への新たな適用技術の取り組みについて紹介し,ゲノム編集技術の農業分野での活用の道を考察する。
(キーワード:CRISPR/Cas9,PAM,デアミナーゼ,PPR,直接導入)
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ゲノム編集技術の基本特許―農業への影響と対策―
セントクレスト国際特許事務所     橋本 一憲
 近年,海外アカデミアを中心とした複数の主体が,主要国を中心に,次々とゲノム編集技術の基本特許を成立させている。一方,我が国でも,ゲノム編集技術に関し,農業,工業,医療など様々な産業応用を目指した国家プロジェクトが進行しており,農業分野では,既に,ゲノム編集により優れた形質が付与された植物や魚類が生み出されている。しかしながら,基本特許の状況やその対応如何では,これら研究成果の社会実装に大きな影響を与えることが考えられる。そこで,本稿では,ゲノム編集技術の基本特許の国際的な動向について解説するとともに,それら基本特許が我が国の農業に与える影響と対策について考察する。
(キーワード:CRISPR−Cas9,基本特許,実施権,カリフォルニア大学,ブロード研究所,デュポン社)
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ミュータゲノミクスと変異統合データベースの構築
理化学研究所     阿部 知子・市田 裕之・森田 竜平
量子科学技術研究開発機構
    大野 豊・長谷 純宏
若狭湾エネルギー研究センター     高城 啓一・畑下 昌範
福井県立大学
    村井 耕二
 3つの加速器施設で発生する炭素イオンについて変異誘発に最適な照射条件を決定し,選抜した農業上有用な変異体はゲノム解析技術などにより迅速かつ効率的に解析し,原因遺伝子を単離・同定するミュータゲノミクス研究を推進した。その結果,イネの収量増加に関与する新規遺伝子や,コムギの早生化に利用できる新しい遺伝子が単離できた。また,イオンビームやγ線照射実績を格納した変異統合データベースを構築した。今後,変異体から単離・同定した原因遺伝子は,表現型と原因遺伝子のID,変異の位置・種類・サイズを本データベースに登録し,ゲノム編集のターゲット遺伝子探索に役立つように整える。
(キーワード:炭素イオン,アルゴンイオン,ゲノム解析,変異誘発,ゲノム編集)
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CRISPR/Cas9とTarget-AIDを利用した有用形質トマトの開発
筑波大学つくば機能植物イノベーション研究センター    野中 聡子
 トマトは,世界的に広く栽培,消費される重要な野菜類の一つであり,8,000種以上の栽培種があるとされている。しかしながら,栽培の効率化に関する形質と果実特性に関する形質を持つ系統については十分ではなく,さらなる優良系統の開発が求められている。これまでは,交雑育種による品種創生が行われてきたが,限られた品種間で繰り返し交雑が行われており,現在では育種効果が頭打ちになりつつある。このため,人為的変異,遺伝子組換え技術,ゲノム編集技術などを利用した遺伝資源の拡大による新規育種親系統の創生が求められている。本稿では,トマトを実例にゲノム編集技術を利用した開発の実例を紹介する。
(キーワード:遺伝資源の拡大,トマト育種,単為結果,日持ち性,栄養機能性)
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ゲノム編集技術によるシンク容量改良イネ系統の作出と
野外栽培試験を通したアウトリーチ活動
農研機構 生物機能利用研究部門    小松 晃
 農業分野でも農作物の品種改良などへの「ゲノム編集技術」の利用が注目されており,各国で取り組みが進んでいる。我が国においても内閣府・総合科学技術イノベーション戦略会議が主導する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」のもと,筆者らのグループでは,収量増加を目指した「シンク容量を改変したイネ」を作出し,それらの野外ほ場における栽培試験を実施することで,収量性に関する効果を現在検証している。本稿では,ゲノム編集技術を育種における1つのツールとして利用していく上での利点と課題および,新しい技術であるゲノム編集技術を社会実装していく上での,アウトリーチ活動の重要性について述べたいと思う。
(キーワード:ゲノム編集,イネ,収量性,野外栽培,サイエンスコミュニケーション)
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ゲノム編集による養殖適性の高いクロマグロ育種素材の開発
水産研究・教育機構 西海区水産研究所    玄 浩一郎
 近年,クロマグロの資源保全と安定供給のために,完全養殖に適した品種の作出が求められている。しかし,本種は大型化して産卵するため従来の育種技術が使えない等,その育種改良は遅々として進んでいない。このため私たちはゲノム編集技術を用いることで,養殖適性の高いクロマグロ育種素材の開発に取り組んできた。その結果,光感受性や運動制御に係わる遺伝子をゲノム編集することで,外部刺激に対して「おとなしい」形質を有するクロマグロ仔魚の作出に成功している。また,ゲノム編集魚の社会実装に向けて,環境への影響や食品としての安全性に係わる調査研究についても同時並行的に行っている。
(キーワード:クロマグロ,衝突死,ゲノム編集技術,環境影響評価,安全性評価)
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栄養繁殖性である四倍体ジャガイモのゲノム編集と社会実装に向けて
大阪大学大学院    村中 俊哉
 ジャガイモは四倍体であり,基本的にイモにより増殖(栄養繁殖)する作物である。そのため劣性(潜性)の形質を取得することが難しい中,ジャガイモの芽に含まれるソラニン,チャコニンなどの毒性アルカロイドをゲノム編集技術により低減させることができた。その研究開発の状況と社会実装に向けた取り組みについて紹介する。
(キーワード:栄養繁殖,ゲノム編集,代謝制御,四倍体)
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ゲノム編集作物の実用化に向けた遺伝子残存性および
変異発生に関する科学的知見の集積
筑波大学つくば機能植物イノベーション研究センター    津田 麻衣
 ゲノム編集技術を利用した作物の品種改良において,その産物が遺伝子組換え産物にあたるのか否かは,その実用化のための社会実装において鍵となる。本稿では,まず,環境省中央環境審議会遺伝子組換え等委員会により示された遺伝子組換え生物の定義とカルタヘナ法の規制に該当しない,つまり,導入遺伝子(核酸)が残存していない生物に関する整理の概要を解説する。続いて,遺伝子組換え生物に該当しないヌルセグレガントであるかどうかを確認するために提案された導入遺伝子の残存性を高精度・高効率に検出可能な2つの最新の方法を紹介する。さらに,社会実装に向けてゲノム編集技術を含めた育種技術の適用により発生する変異に関する理解が重要であることから,ゲノム編集技術と従来の育種技術により得られた産物への変異発生程度の比較について得られた知見を紹介する。
(キーワード:ゲノム編集技術,規制,社会実装,ヌルセグレガント,遺伝子残存性,変異発生)
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NBTの社会実装に向けた戦略の作成とマーケティング手法の開発
(公社)農林水産・食品産業技術振興協会     鵜戸口 昭彦
 ゲノム編集など新しい育種技術(NBT)を用いた研究開発が急速に進む中,それら成果の社会実装を促進することが重要である。このため,有識者や産業界代表,研究開発者等で構成する戦略会議を開催し,SIP「新たな育種体系の確立」における研究成果を共有しつつ,プロジェクト推進に対する助言を受けるとともに,研究成果の速やかな実用化・事業化の実現に向けた検討を行った。また,JATAFFが事務局となって,生物多様性や食品安全に係る規制を担当する府省の担当者と研究開発者による意見交換会を開催するとともに,研究開発成果の受け渡しを念頭に産業界向けの成果発表会も実施した。さらに,研究開発成果の社会実装につながるようなゲノム編集農産物の効率的なマーケティング手法の開発を行い,産業界等に向けた情報発信を行った。
(キーワード:ゲノム編集,社会実装,戦略会議,規制,産業界,マーケティング)
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