Vol.7 No.12
【特 集】 カイコ・シルク新産業の創出に関する最新の研究動向


カイコ・シルク新産業の創出に向けた
これまでの研究成果の概括と今後の展望
農研機構 生物機能利用研究部門    瀬筒 秀樹
 高いタンパク質生産能力をもつカイコを活用した有用物質生産技術の実用化が進みつつある。カイコを用いることで,他の方法よりも高機能なタンパク質を安価に製造し,CO2排出等の環境負荷を低減できる可能性があり,我が国が目指す新たな社会Society5.0や持続可能な達成目標SDGsに貢献できる。現在,農林水産省や内閣府の国家プロジェクト等によって,カイコでの有用タンパク質や高機能シルクの生産による新産業創出が進められている。本稿では,本特集のねらいを紹介するとともに,カイコを用いた日本発のバイオ新産業の創出にむけた取り組みについて,これまでの研究成果および今後の研究方向と実用化の展望を概説する。
(キーワード:遺伝子組換えカイコ,バキュロウイルス,昆虫工場,蚕業革命,Society5.0)
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遺伝子組換えカイコによるヒト抗体医薬品製造技術の確立
株式会社免疫生物研究所    冨田 正浩
 抗体は,遺伝子組換えカイコによるタンパク質生産系と相性が良く,生産性のみならず,品質面でも利点を生かせる生産候補タンパク質である。また,遺伝子組換えカイコの生産系は,カイコの成長を同期させることができるため,生産される抗体の品質に関して個体差が小さく,また,飼育温度の変動が抗体の品質に大きな影響を与えないなどの高い堅牢性を有していることも明らかになった。これらの特徴を生かし,遺伝子組換えカイコにより抗体医薬品原薬を製造する準備を進めている。GMP(Good Manufacturing Practice)等規制への対応には課題が多いが,原薬の安全性および有効性に関わるデータを蓄積することで,課題は解決できると考えられる。
(キーワード:遺伝子組換えカイコ,抗体,バイオ医薬品,個体差,堅牢性,GMP)
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ウェアラブルシルク(センシングデバイス)素材の開発
エーアイシルク株式会社    岡野 秀生
 遺伝子組換えカイコから天然のタンパク質に存在しない非天然アミノ酸を有するシルク布に導電性化合物と化学結合させ,導電性シルク布(ウェアラブルシルク)素材を開発した。人体へのストレスが小さく,スポーツやアウトドなどの過酷な使用環境でも機能が劣化しない新繊維素材となる。心電用デバイスを搭載したウレタン基板の端子とウェアラブルシルクを導電性接着で低温接合させて電気回路に直接接続する。その後シリコンで封止した繊維に搭載できる生体情報計測プラットフォームを開発し,ウェアに縫い付け,生体情報データを解析するための生体情報解析システムの開発に成功した。
(キーワード:ウェアラブル,シルク,遺伝子組換えカイコ,導電性繊維,高分子)
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カイコ―バキュロウイルス発現系を活用した
ワクチン・診断薬の生産技術開発
九州大学大学院    日下部 宜宏
 近年,世界のバイオ医薬品の市場規模は20兆円を超え,低分子医薬品からバイオ医薬品へのシフトが起こり始めている。現在,バイオ医薬品の主流は抗体医療であるが,組換えタンパク質の中には薬効が明らかであるにも関わらず,大量生産技術が確立されていないために開発が進まないタンパク質が多い。これらの難発現性タンパク質の大量発現系の一つとして期待されているのが,カイコ−バキュロウイルス発現系である。本稿では,本発現系を用いた産業用タンパク質生産の現場とその可能性について解説する。
(キーワード:カイコ,バキュロウイルス発現系,昆虫工場,バイオリソース,ワクチン,診断薬)
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カイコ生産系のライフサイクル環境影響評価
東京都市大学    伊坪 徳宏
 気候変動の顕在化やパリ協定やSDGsをはじめとした国際的な関心の高まりを受けて,あらゆる部門において気候変動の緩和策の実施が求められる。医療部門はこれまで十分な対応がなされているとは言い難かったものの,カーボンフットプリントは他部門に比べて相対的に大きく,かつ,今後の少子高齢化に伴いさらに増大することが懸念される。カイコ生産系の医薬品は,細胞増殖法が採用する大型装置を長時間利用することを避けることにつながり気候変動の緩和策として寄与することも期待される。本稿では,検査用試薬を対象に製造業者から提供を受けた一次データを駆使してLCA(ライフサイクルアセスメント)を行った結果を示し,カイコ生産系の環境価値創出の可能性について検証した結果について紹介する。
(キーワード:遺伝子組換えカイコ,ライフサイクルアセスメント,カーボンフットプリント,温室効果ガス,細胞培養法)
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カイコモデルを用いた医薬品・機能性食品の開発
帝京大学 医真菌研究センター    浜本 洋
株式会社ゲノム創薬研究所    関水 和久
 カイコは代替動物として,コストが安く,倫理的な問題がないという利点を持つ。われわれは,カイコを用いて,細菌・真菌感染モデルや高血糖モデルなど,様々な生理活性物質の効果を評価できるアッセイ系を確立した。これまでに,カイコ細菌感染モデルを用いて同定されたライソシンEについて,医薬品としての開発が進行している。また,ヒトにおいても血糖値降下活性を示す乳酸菌を,カイコモデルでの探索によって見いだすことに成功している。従って,カイコは医薬品のみならず,食品の開発においても優れた代替動物である。
(キーワード:カイコ,動物モデル,実験動物代替法,感染症治療薬,機能性食品)
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周年人工飼料育によるクリーンルームでの養蚕が拓く
国産シルクビジネスの可能性
株式会社あつまるホールディングス     島田 裕太
 新たなシルク産業の開発により地域雇用促進,経済活性化や日本のシルク産業再興を目指すプロジェクト「SILK on VALLEY YAMAGA」。周年無菌人工飼料育による生産手法の確立や品質向上も着実に実現しており,生糸だけではなくより収益性の高い化粧品や医薬品の分野にも展開を進めている。化粧品の分野ではやまがシルクを用いたオリジナルブランド「COKON LAB(ココン・ラボ)」の製品を開発し,フランスや日本国内の高級市場で販売を開始。医薬品分野においても欧米の医薬品メーカーに対して独自の強みを提案し,医薬品原料としての利用に向けて取り組みを進めており,シルクビジネスの未来を開拓している。
(キーワード:周年人工飼料育,SILK on VALLEY YAMAGA,やまがシルク,トレーサビリティ)
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スマート養蚕技術の開発
農研機構 生物機能利用研究部門    飯塚 哲也
 カイコを用いた有用タンパク質生産系の開発が進んでおり,すでに検査薬や化粧品ではいくつかの商品が上市されている。それを受けて,大量飼育装置などの飼育機械を開発する企業が現れるとともに,日本各地で新規参入者が桑園の整備やカイコの飼育に乗り出している。有用タンパク質生産のためのカイコ飼育は,拡散防止措置を執った飼育室における清浄環境下での飼育が必要であるが,そういったカイコの飼育には多くのノウハウが必要であり新規参入の障壁となっている。そのため,新規参入者でもカイコの飼育が可能となり,効率よくタンパク質生産ができるスマート養蚕システムの開発が望まれている。
(キーワード:カイコ,養蚕,スマート農業,カルタヘナ法)
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