Vol.12 No.2
【特 集】 水産業振興に向けた養殖技術開発の進展


本特集のねらい
水産研究・教育機構水産技術研究所 企画調整部門    及川 寛
 漁業生産における養殖の重要性はますます高まってきており,国では養殖業成長産業化総合戦略を策定し,成長産業化に向けた総合的な取り組みを進めている。水産研究・教育機構では,これらの取り組みに貢献すべく,関係する都道府県の公設試,大学,民間企業と協力しながら,戦略的養殖品目を対象に,養殖生産の重要な三要素である「飼餌料・種苗・漁場」において必要とされる技術開発を進めている。
(キーワード:漁業生産量,養殖業成長産業化総合戦略,戦略的養殖品目)
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養殖業の成長産業化に向けた育種や優良系統の保護等の取組について
水産庁 増殖推進部    竹川 義彦
 国は,国内外の需要を見据えて戦略的養殖品目を設定し,生産から販売・輸出に至る総合戦略を立てた上で,養殖業の振興に本格的に取り組むこととし,2020年7月に「養殖業成長産業化総合戦略」を策定した。養殖業の成長産業化に向け,総合戦略等に基づき,高成長や高生存など生産性が高く計画的な養殖が可能な人工種苗の開発に取り組んでいるほか,優良系統の保護の必要性に関する現状を整理するとともに,保護すべき対象,既存の知的財産制度上における対応の整理,優良系統の保護に資する対応等についてまとめた「水産分野における優良系統の保護等に関するガイドライン」および「養殖業における営業秘密の保護ガイドライン」を2023年3月に策定し公表した。
(キーワード:養殖業,成長産業化,育種,優良系統,知的財産)
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持続可能性に優れた高効率な養魚飼料の開発
水産研究・教育機構水産技術研究所 養殖部門   
 村下 幸司・松成 宏之・吉永 葉月
 養魚用配合飼料には原料として多くの魚粉が使用されており,その供給量不足と価格高騰を背景に低魚粉飼料の使用が求められている。一方,配合飼料中の魚粉を大幅に減らして代替原料を使用すると魚体内に生理異常を生じ,成長が遅れてしまう。養殖重要種であるブリとマダイを用いて魚粉代替飼料原料の消化吸収特性を評価し,代謝生理への影響を詳細に解析している。消化吸収と生理状態の改善に基づく飼料原料の配合調整によって,成長効率の良い魚粉代替飼料の開発が期待される。
(キーワード:養魚飼料,魚粉,代替源,消化吸収,代謝生理)
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水素細菌を活用した養殖飼料の開発
水産研究・教育機構水産技術研究所 養殖部門    奥 宏海
 養魚飼料用の魚粉の供給不安や価格高騰から様々な新規代替原料の開発が進められている。そのうち細菌類は単細胞タンパク質とも呼ばれ,高タンパク質含量と良好なアミノ酸組成から飼料タンパク質源として期待されている。われわれの研究グループでは,水素をエネルギー源として無機物からすべての有機物を合成できる独立栄養細菌である水素細菌の飼料利用に取り組んでいる。実験室規模での菌体増殖や成分の解析等から,水素細菌も将来的には飼料用のタンパク質源として生産や利用が可能であると考えられた。加えて,水素細菌には生体高分子の合成や炭素固定など別の用途も想定されるため,異分野の研究・産業とも連携や開発した技術の共有が期待される。
(キーワード:水素細菌,培養,養魚飼料,新飼料,単細胞タンパク質)
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海面養殖サーモンの生産性向上に向けた研究開発の現状と展望
水産研究・教育機構水産技術研究所 養殖部門    藤原 篤志
 国内の水産物消費量が減少する中にあって,サーモンの国内需要は年々拡大傾向にある。しかし,国内市場の大部分は輸入サーモンに依存しており,国産サーモンの生産量は伸び悩んでいる。海面養殖サーモンの場合では,淡水で飼育した種苗を沖出した時の斃死やその後の成長停滞により歩留まりが低いこと,我が国特有の海面養殖形態に適した育種系統がないことが制限要因であると考えられている。ここでは,2019年度より始まった養殖業成長産業化技術開発事業のうち,サーモン養殖推進技術開発課題で取り組んでいる海水馴致技術の高度化や海面養殖サーモンの高成長育種について紹介する。
(キーワード:海面養殖サーモン,海水馴致,選抜育種,ゲノム選抜)
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ブリ養殖における人工種苗の生産技術と育種技術の開発
水産研究・教育機構水産技術研究所 養殖部門    菅谷 琢磨
 ブリ養殖は,日本で最も古くから行われている海面養殖である。近年では,国内供給の安定と輸出の拡大を両立する上で重要視されており,生産技術の向上が必要とされている。しかし,現在,ブリ養殖では主に天然の稚魚"モジャコ"が用いられており,生産量はその漁獲量に左右される状況にある。一方,我が国では1960年代から人工種苗の生産に関する研究開発が続けられており,最近では周年にわたって種苗を供給する体制が確立しつつある。本稿では,これまでの人工種苗生産の技術開発の流れを紹介するとともに,今後の方向性について展望する。
(キーワード:ブリ,人工種苗,周年採卵技術,育種改良技術)
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クロマグロの人工種苗の普及に向けた早期成熟・産卵技術の開発
水産研究・教育機構水産技術研究所 養殖部門    森 広一郎
 太平洋クロマグロの資源量が緊迫する中で,完全養殖技術によって生産された人工種苗の普及・実用化が強く望まれている。しかしながら,人工種苗は同時期に採捕される天然種苗と比較して体サイズが小さく,海面生簀での育成中の生残率,特に越冬期の生残率が低いことなどから,天然種苗から人工種苗への転換が進んでいない。このため,養殖クロマグロの従来の産卵時期よりも早い時期に採卵し,天然種苗と同等の大きさの人工種苗を生産する新たな技術の開発に取り組んだ。本稿では,まず過去に開発した大型陸上水槽を用いた陸上施設での成熟・産卵技術について紹介するとともに,そこで開発した成果を基に取り組んだ早期成熟・産卵誘導技術の開発について紹介する。
(キーワード:クロマグロ,完全養殖,人工種苗,早期成熟・産卵誘導技術,大型陸上水槽)
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環境変動に強いワカメ養殖を目指して
―フリー配偶体を活用した種苗生産と一代雑種の作出および秋の育苗管理―
水産研究・教育機構水産技術研究所 環境・応用部門    吉田 吾郎
 日本のワカメ養殖では高齢化・担い手不足等の社会的要因のほかに,特に西日本沿岸では気候変動の影響が顕著になっている。西日本の主産地である徳島県鳴門地域の養殖では,特に夏から秋に行われる種苗生産と育苗の工程に環境変動への脆弱性が認められた。この克服を目指して,フリー配偶体を活用した安定した種苗生産技術の実用化と高温耐性のある一代雑種の作出,さらに海域における育苗期の管理技術の開発に取り組んだ。
(キーワード:ワカメ養殖,気候変動,種苗生産,フリー配偶体,一代雑種,食害)
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養殖漁場環境のモニタリング技術
―底質環境電位を指標にした現場設置型連続測定―
水産研究・教育機構水産技術研究所 環境・応用部門     伊藤 克敏
 持続的な養殖業の成長産業化に向け,養殖による環境への配慮がより一層求められている。海洋環境モニタリングシステムは様々なものが普及しつつあるが,底質環境についてはいまだに採泥を伴う環境調査が一般的である。筆者らは,底質環境指標の一つである酸化還元電位に着目し,海洋の底質にセンサーを設置した状態で連続的に電位を測定するシステムを開発中である。これまでに海面養殖場での実証試験を実施し,数カ月もの連続測定に成功した。得られた電位データは一般的な底質の環境指標と相関性が認められ,電位センサーの有用性が示された。
(キーワード:底質環境,酸化還元電位,連続モニタリング,有機汚濁指標)
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