Vol.12 No.5
【特 集】 有機農業の普及を支える技術


日本における有機農業の広がりについて
農林水産省 農林水産政策政策研究所    田中 淳志
 農林水産省が2021年に策定した「みどりの食料システム戦略」では,化学農薬や化学肥料の使用量削減目標値とともに,有機農業の取組面積割合についても耕地面積の25%(100万ha)という高い目標が設定された。一方,現時点で有機農業の取組面積割合は0.6%程度であり,意欲があって参入しても定着することが難しいことがわかってきた。有機農家の参入・継続阻害要因について紹介する。
(キーワード:有機圃場面積,農林業センサス,生産コスト,価格プレミアム,有機JAS 認証)
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有機農業市場の伸張との農家経済
東北大学 農学研究科    石井 圭一
 有機農業市場は世界的に堅調であり,その大半が欧米の需要で形成される。日本の有機食品・農産物の食品全体に占めるシェアは0.2%程度とみられるが,欧米では数%のオーダーに達し,中には10%を超える国も出ている。持続的な需要が生産の拡大をけん引するには,生産者にとって有機栽培への参入や転換が経済的にも合理的な選択でなくてはならない。日本では有機栽培経営の所得動向を継続的に把握できていない。ヨーロッパの国々の畑作と酪農を見ると,慣行栽培より有機栽培で所得が高い傾向にあるが,慣行栽培と比べた収量減の程度,有機の価格プレミアムや政府助成金の水準はそれぞれ国ごとに異なるし,市況の影響を大きく受ける。
(キーワード:有機農業市場,農業所得,ヨーロッパ,有機畑作,有機酪農)
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水田における有機栽培技術の開発と今後の展望
農研機構本部 みどり戦略・スマート農業推進室    三浦 重典
 有機農業の取組面積の拡大に対応して,農研機構では有機栽培技術の開発や現地実証試験に取り組んできた。水稲の有機栽培では,雑草対策が最大の技術的課題であることから,乗用型の除草専用機を開発した。除草機と耕種的な雑草防除技術を組み合わせた除草法を中核とした有機栽培モデル体系の現地実証試験では,高い除草効果と慣行栽培の9割程度の玄米収量が得られた。ダイズの有機栽培では,晩生品種を慣行栽培よりやや遅めに播種することで虫害が回避できること,アップカットロータリを利用した耕うん畝立て同時播種と早期培土作業により残草量を大幅に減らせることなどを明らかにした。
(キーワード:雑草防除,水稲,ダイズ,有機栽培)
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山梨県における野菜の有機栽培研究および今後の展望
山梨県総合農業技術センター    赤池 一彦
 野菜を有機栽培で安定生産することは技術的に難しいとされている。山梨県北杜市では多くの有機栽培農家が露地野菜生産を担っている。山梨県総合農業技術センターでは,当地域で有機栽培が成立している要因を現地で調査するとともに場内ほ場で栽培実証を行うなど,普遍的な栽培体系や栽培技術について検証してきた。1998年から2023年までの25年間にわたる各種研究事例を「野菜の栽培に関する研究」と「土づくりや施肥に関する研究」に分けて列挙した。また,今後の展望として,作業が省力的で,地力の向上とともに炭素や窒素などの蓄積や還元に寄与する「有機・省耕起栽培の実証」を掲げた。
(キーワード:山梨県,有機農業,野菜生産,成立要因,研究紹介)
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有機稲作の普及拡大に向けての課題と挑戦
(公財)自然農法国際研究開発センター     岩石 真嗣・太田 俊一・鈴木 晃
いすみ市有機農業推進班     鈴木 悠介・鮫田 晋
千葉県夷隅農業事務所     鈴木 聡史・蟹江 秀則
 「みどりの食料システム戦略」の価値観の転換を促す政策目標を背景として,2021年に有機農業の実施面積がようやく0.6%を超えた。学校給食に全量有機米を調達するいすみ市では,有機稲作の安定化とさらなる生産拡大に向けた挑戦を続けているが,有機稲作の技術は普遍化が難しく,生産者ごとに最適な作業強度や実施時期の指標を設定し,類似条件で改善効果の確認を進めている。改善が望まれる事例において,水稲の健全度が高まる風土条件に適した調整技術を共有する試みである。それは生産者個々の多様な風土を起点とし,土壌水分を意識した耕うん管理など,統合的雑草防除技術を錬磨する過程に寄り添う,普及拡大のための課題であり挑戦の主題である。
(キーワード:ボトムアップ,アウトスケール,田づくり・土づくり,自家育苗,雑草群落比)
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有機農業におけるカバークロップ利用
茨城大学 農学部附属国際フィールド農学センター     小松崎 将一
 みどりの食料システム戦略では,温室効果ガスの排出削減,化学農薬・化学肥料の低減とそれらを推し進めるため有機農業の面積拡大を目標としている。本稿では,有機農業において土壌肥沃度の向上,土壌保全や養分溶脱防止などの観点からのカバークロップなど,植生を通じた有機的管理について詳述する。これにより肥沃度の向上との環境保全機能の向上が同時にはかられる有機農業について理解を深める。
(キーワード:カバークロップ,土壌炭素,土壌保全,養分溶脱,有機農業)
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野菜の有機栽培における天敵を活用した害虫管理
農研機構 植物防疫研究部門    長坂 幸吉
 野菜の有機栽培では,耕種的・物理的・生物的な手段を組み合わせて害虫が発生しにくい環境を整えることが大切である。これらのうち生物的手段である天敵利用を中心に紹介する。施設栽培では,輪作や太陽熱処理により施設内に前作の害虫が残らないようにし,害虫侵入防止対策をしっかりと行う。栽培期間中に侵入する微小害虫に対しては,天敵の放飼や,バンカー植物上の代替餌で天敵をあらかじめ定着させておくバンカー法を実施する。このようにして慣行並みの収量をあげた夏秋どりのミニトマトの事例を説明する。露地栽培においては,適地適作や輪作を基本とした上で,植生管理により圃場内外の土着天敵を活用する。
(キーワード:天敵,植生管理,バンカー法,IPM,施設野菜,露地野菜)
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有機農業への根部エンドファイトの活用─イチゴ栽培を例に─
茨城大学 農学部食生命科学科    成澤 才彦
 根部エンドファイト(DSE)の活用に注目し,これらを植物に定着させることで,植物に病害抑制など様々な機能が付加できることを明らかにしてきた。植物とDSE が一つの共生系として成立すれば,DSE の効果で根の能力が高められ,窒素やリンなどの養分吸収の促進,高温や酸性土壌などの環境ストレスに対する耐性が付与される。このような今までのDSE研究で見出してきた作物栽培への有用性も興味深い。しかし,今回,イチゴに花芽形成を誘導する新知見が得られた。このことで,イチゴ果実の周年収穫を可能とする持続的な栽培技術へとつながると考える。さらに,DSEの菌糸圏には普遍的にバクテリアが存在し,その性質に影響を与えていることも明らかになった。このことは,宿主菌類とバクテリアの組み合わせにより,植物の生産性や品質向上などの利点をもたらすことが可能 となることを示している。
(キーワード:根部エンドファイト(DSE),イチゴ栽培,花芽形成誘導,菌糸圏バクテリア)
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有機農業と土壌生態系
福島大学 農学群食農学類    金子 信博
 日本の有機農業の栽培面積は農地面積の0.6% にすぎないが,消費者の関心は高い。みどり戦略で2050年までに栽培面積を25%に拡大する方針が示されたこともあり,栽培の拡大は社会的課題となっている。一方,土壌生態系の保全の観点からは世界的に保全農法(不耕起や省耕起,カバークロップや有機物による地面の被覆,輪作や混作による作物の多様化)が拡大しており,保全農法を踏まえ,リジェネラティブ農業の名のもとにグローバル食品企業も後押しする状況となっている。日本の有機農業を拡大するためには土壌生態系の保全を基礎とする技術体系を確立することが重要である。保全的な農法を土壌生態系の視点から整理し,不耕起草生栽培の重要性を説明した。
(キーワード:物質循環,生態系機能,化学肥料,食物網,保全農法)
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