Vol.12 No.7
【特 集】 森林資源の循環利用を支える研究開発のニューフロンティア


スギ全染色体の塩基配列解読に成功
東京大学大学院 新領域創成科学研究科         藤野 健・笠原 雅弘
基礎生物学研究所 超階層生物学センター         山口 勝司・重信 秀治
新潟大学大学院 自然科学研究科         森口 喜成
森林研究・整備機構 森林総合研究所
樹木分子遺伝研究領域
        上野 真義
 スギの全染色体をカバーする塩基配列を解読し,その中から約5万5,000個の遺伝子と繰り返し配列を特定した。これらの情報をもとに,スギの「参照ゲノム配列」という標準配列が構築された。スギのゲノムは非常に大きいため,その解読作業はこれまで遅れていたが,最新の分析技術によって解読が達成された。この参照ゲノム配列は,無花粉スギのような有用な品種の開発や,スギの進化過程の解明,気候変動の影響予測など,さまざまな研究や応用に役立つことが期待される。
(キーワード:スギ,全ゲノム配列,気候変動,適応,繰り返し配列)
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林業機械の自動化に関する技術開発について
森林研究・整備機構 森林総合研究所 林業工学研究領域    中澤 昌彦
 持続可能に森林経営をしていくためには,土木や農業などの業界で取り組まれている機械作業の自動化による労働災害の削減と生産性の向上が必要である。しかし,先行している技術はGNSS(全地球航法衛星システム)受信機の感度や通信などの条件が整ってなければならない。一方,森林は雨が多く急しゅんで,携帯電話はつながらないことが多い。このような世界的にも厳しい作業条件下において,LiDAR(レーザー画像検出と測距)とGNSS 等の計測機器を活用したSLAM(自己位置推定と環境地図作成)による林業機械の自動化に取り組んだ。
(キーワード:LiDAR,SLAM,GNSS,フォワーダ)
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LiDAR-SLAM技術による林内自動走行の取り組み
パナソニック アドバンストテクノロジー株式会社
研究開発部門
    神崎 僚太・松井 敦史
 フォワーダは林業の集材工程で用いられる運搬車両であり,自動化によって安全性や労働生産性の向上が期待できる。弊社は自動化フォワーダの実現に向けた技術開発に取り組んでおり,林業現場での使用に適したLiDAR(Light Detection and Ranging)ベースの自己位置推定方式による自動走行技術を選択した。自己位置推定のための環境地図生成にはSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)技術を使用し,フォワーダの操縦のみで事前準備と運用が完結するシステムを目指している。
(キーワード:自動走行,自己位置推定,SLAM,LiDAR,フォワーダ)
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効果的な流木対策に向けた流木捕捉予測技術の開発
森林研究・整備機構 森林総合研究所
森林防災研究領域
    浅野 志穂・鈴木 拓郎・經隆 悠
 近年の気候変動に伴う豪雨災害の増加と伐期を迎え成熟した森林が各地に広がる中で,豪雨による土砂災害の被害拡大につながる流木被害が顕在化している。効果的な流木被害軽減策の一つとして渓流を流下する流木を途中で捕捉し下流へ流下する流木量を減少させる取り組みが行われている。効果的な流木の捕捉に向けて,土石流と共に流下する流木の運動・停止条件を明らかにして,流域全体として施設や地形による流木停止・捕捉効果を定量的に評価するツールの開発を行った。
(キーワード:豪雨災害,土石流,流木,治山ダム,数値シミュレーション)
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DNA 解析で迫るニホンジカの分布拡大プロセスの解明
神戸女学院大学 人間科学部    高木 俊人
 ニホンジカは明治時代から昭和時代前半にかけての強力な捕獲圧などによって,個体数の激減と生息地の分断化を経験し,日本各地で地域個体群が絶滅した。しかし,ニホンジカの分布域は複合的な要因によって近年急速な回復をみせ,過去40年間で2.7倍に拡大し,日本の国土の約7割を占めるに至った。本稿では100年ぶりに茨城県に出没したニホンジカの出自を遺伝解析によって推定した研究成果を紹介すると同時に,野生動物の保護管理における遺伝解析の有用性や長期的なモニタリングの必要性について考察する。
(キーワード:遺伝的モニタリング,広域連携,分布拡大,ミトコンドリアDNA,野生動物管理)
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「ナメコの味の見える化」による生産技術の高度化
長野県林業総合センター 特産部    増野 和彦
 現在,我が国のきのこ生産には,空調施設と機械化によって効率的な生産方式が浸透した。しかし,一方で消費に対して供給過剰となって市場単価が低迷し,特に家族労働を中心とする中小規模生産者にとっては厳しい経営環境が続いている。そこで,きのこの消費拡大を促すためには,効率性一辺倒でなく食べておいしいきのこの生産を目指す必要があると考えた。その第一歩として,味を数値評価するため,味覚センサーを内蔵する味認識装置による味分析をナメコについて試みた。味分析による評価基準を選定し,得られた基準に基づいてナメコ野生株からおいしいナメコの優良育種素材を選抜した。
(キーワード:ナメコ,味覚センサー,おいしさ,消費拡大,味分析)
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大径材の利用促進に向けた課題と取り組み
森林研究・整備機構 森林総合研究所 九州支所    伊神 裕司
 国内では,戦後造成されたスギをはじめとする人工林が成長し利用期を迎えており,直径が30cmを超える大径材の供給が増加している。しかし,高品質な製材品の生産には不向きな一般材が供給の主体であることから,大径材は需要が少なく低価格で流通しているのが実情である。大径材の需要低迷は伐期に達した人工林の伐採が進まない要因の1つとなっており,国産材資源の循環利用を進めるためには,大径材利用の課題を解決する必要がある。本稿では,大径材の流通・利用と木材需給の現状を概観するとともに,大径材の利用促進に向けた技術開発の取り組みについて紹介する。
(キーワード:大径材,スギ,丸太選別,製材,乾燥)
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「森林サービス産業」:これまでの取り組みと今後の展望
森林研究・整備機構 森林総合研究所 森林管理研究領域    高山 範理
(一社)東京学芸大学 Explayground推進機構    木俣 知大
 「森林サービス産業」は2019年に誕生した森林空間を活用する新たな産業の概念である。主に「健康」・「観光」・「教育」の3分野に貢献し,都市民の森林体験・幸福の増進や森林を有する地域に経済的利益をもたらすことを目的に,これまで官民による取り組みが実施されてきた。誕生した当初は,企業の「健康経営」に対応する形で健康分野のエビデンスの蓄積と整理に力点を置いた事業が行われていたが,以後,関連エビデンスの蓄積や考え方が周知されたことで,現在では,長野県,岐阜県等の広域自治体および長野県信濃町,山形県小国町等の基礎自治体において社会実装が進められている。本稿では,「森林サービス産業」をめぐるこれまでの取り組みと今後の展望について述べる。
(キーワード:「森林サービス産業」,森林空間利用,森林浴,エビデンス,健康経営)
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デジタル森林浴の誕生と今後の展開
―デジタル技術を用いて都会に森をつくり,本当の森へ誘う(いざなう)―
フォレストデジタル株式会社    辻木 勇二
 デジタル技術を用いてあたかも森にいるような没入感覚を生み出すuralaa(うらら)の誕生や今後の展開を解説する。インターネットのヤフー株式会社の元メンバーと林業家らが北海道十勝浦幌町に集まった。「テクノロジーで人々を幸せにする」ことを目的として,試行錯誤のうえプロダクトを生み出した開発経緯や,生理的・心理的回復効果のエビデンス内容などを紹介する。これまで25カ所で常設施設やイベントを開催しており,今後は教育分野などの新しい分野に応用していく。
(キーワード:デジタル森林浴,空間VR,ウェルビーイング,イマーシブ,没入)
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木を原料とした新たな飲用アルコール「木の酒」の実生産に向けた展開
森林研究・整備機構 森林総合研究所 森林資源化学研究領域    野尻 昌信
 木を原料とした世界初の飲用アルコールである「木の酒」は樹種ごとに異なる風味を味わうことのできる新しい酒である。しかし,これまで食用とされていなかった木を原料とすることから,飲用のための樹種ごとの安全性の科学的な知見が求められていた。食品安全に関する化学分析,変異原性試験(遺伝子突然変異,染色体異常),経口毒性試験(単回,反復投与)をスギ,シラカンバ,ミズナラ,クロモジの木の酒で実施し,特段問題は認められなかった。現在,新たな4樹種についても安全性試験を実施しつつ,実生産へのスケールアップが可能な製造機器を用い,民間への技術移転に向けて工程の確立を進めている。
(キーワード:木の酒,湿式粉砕,広葉樹利用,安全性)
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