Vol.12 No.8
【特 集】 地球と食料の未来のために─日本の農林水産技術の国際貢献─


国際農林水産業研究の意義
国際農林水産業研究センター 企画連携部    杉野 智英
 国際農林水産業研究は,適正技術の開発,人材育成,互恵的な成果の獲得といった意義を持つ。改正後の食料・農業・農村基本法で農業における国際協力と技術革新が一層重要視されるなかにあって,開発途上地域における農林水産業に関する試験研究を半世紀以上にわたり行っている国際農林水産業研究センターの活動の事例を紹介することにより,農林水産業分野の国際協力の将来を考える一助としたい。
(キーワード:開発途上地域 国際協力 環境問題 食料システム 情報発信)
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間断灌漑(かんがい)技術による温室効果ガス削減と農家の利益向上
国際農林水産業研究センター    レオン 愛・泉 太郎
 湛水と落水を繰り返す間断灌漑(かんがい)(AWD: Alternate Wetting and Drying)は,灌漑水使用量と温室効果ガス(GHG)排出量を同時に減らす技術として注目されている。国際農研は,AWD 環境下におけるGHG 排出量に加え,収量や灌漑水量を圃場レベルでモニタリングし,その一つの結果として,三期作圃場へのAWD 導入は,年間の収量を増加させながらメタン排出量および灌漑水量を削減することを確認している。さらに,ベトナム・メコンデルタの農家調査データを用い,三期作圃場へのAWD 導入は,農家の利益を向上しつつ,気候変動緩和に貢献するコベネフィットな農業システムであることを確認した。アジアモンスーン地域における気候変動の有望な緩和策として普及・適用されることが期待される。
(キーワード:間断灌漑,気候変動緩和,コベネフィット,ライフサイクルアセスメント)
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BNI強化コムギの活用で地球環境にやさしい効率のよい食料生産を
国際農林水産業研究センター BNIシステムプロジェクト    吉橋 忠
 作物が硝化を抑制する生物的硝化抑制(BNI)を活用することで,作物の生産向上と環境負荷低減を両立できる。高いBNI能を持つ野生コムギ近縁種であるオオハマニンニクとの属間交配により,BNI強化コムギを開発した。BNI強化コムギは圃場において,土壌中のアンモニア態窒素の硝化を遅らせ,農業からの環境負荷を低減しつつ,窒素利用効率を向上させる。現在,インド,ネパール,日本での社会実装の取り組みが進められており,日本発のコムギのコア形質として世界のコムギにBNIが導入される日も近い。
(キーワード:生物的硝化抑制,コムギ,イネ科穀物,畑地,窒素肥料)
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干ばつに強い作物の開発を加速化する基盤研究
国際農林水産業研究センター 生物資源・利用領域    永利 友佳理
 高温,塩害,病害虫などの様々な環境要因の中でも,干ばつは,作物の生産への影響が最も大きい環境ストレスであり,世界の食糧生産に甚大な影響を与えている。気候変動の影響により,干ばつの発生頻度と強度が深刻化しており,干ばつに強い作物の開発は,食料の安定供給において喫緊の課題である。筆者らは,簡便で汎用性の高い圃場干ばつストレス実験系を開発し,圃場における干ばつ研究の障壁を克服した。さらに,開発した実験系を用いることにより,圃場において乾燥ストレスを受けた植物の新たな応答メカニズムを発見した。開発した技術や新知見は,世界の様々な地域において,干ばつに強い作物開発を促進することが期待される。
(キーワード:乾燥ストレス,ダイズ,リン酸欠乏,シロイヌナズナ,アブシシン酸)
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低品位リン鉱石および作物残()と根圏土壌を活用した
有機肥料製造技術の開発
国際農林水産業研究センター 生産環境・畜産領域     サール パパ サリオウ・
中村 智史
国際農林水産業研究センター 農村開発領域     岩崎 真也
 サブサハラアフリカでは,リンを含む主要養分元素に乏しい土壌が広がり,作物生産を制限している。一方で化学肥料の施用量はいまだ限られており,同地域の持続可能な農業生産に対する大きな障壁となっている。リン鉱石,作物残(),根圏土壌を利用した堆肥肥料を開発した。堆肥化の際に根圏土壌を加えることで,堆肥中の利用可能なリンやリン可溶化/無機化微生物遺伝子を含む微生物叢が豊かになることが明らかになった。リン鉱石土壌添加堆肥は化学肥料と同等の作物収量を得られ,さらに土壌の微生物学的健全性を向上させた。サブサハラアフリカの小規模農家にとって高価な市販肥料の代替として有望である。
(キーワード:リン鉱石,リン可溶微生物,持続的農業,土壌肥沃度)
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バガス生産性の高いサトウキビ品種「KK4」のタイでの社会実装
国際農林水産業研究センター 熱帯・島嶼研究拠点    寺島 義文
現,国際農林水産業研究センタ― 企画連携部    安藤 象太郎
 タイのサトウキビ産業では,二酸化炭素排出量の削減に向けて,バガスを利用したバイオエネルギー生産が増加している。また,タイで最もサトウキビ生産が盛んな東北部は,厳しい乾季の影響で株出し栽培の収量が低いことが課題となっている。国際農水水産業研究センターとタイ農業局コンケン畑作物研究センターは,そのような課題に対応する品種を開発するため,タイに自生するサトウキビ野生種に注目し,その 遺伝資源の収集・評価,育種利用による品種開発を20年以上にわたる国際共同研究により実施してきた。その結果,バガスの生産性が高いサトウキビ品種「TPJ04-768」を育成するとともに,同品種がタイの奨励品種「KK4」として採用された。「KK4」は,普及品種「KK3」と比べて,同程度の砂糖を生産しつつ,バガスを1.5倍程度多く生産できるため,食料生産と競合しないバイオエネルギーの増産が期待される。また,株出し性が優れるため,株出し栽培の収量が低い圃場の生産性改善も期待できる。「KK4」がタイ国の奨励品種に採用されたことから,タイ農業局が種苗を生産する体制が整備され,同品種の広域的な普及促進が期待される。
(キーワード:遺伝資源,エネルギー,株出し,サトウキビ,種間雑種,野生種)
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アジアモンスーン地域における持続可能な食料システムの構築に向けた取組
―技術カタログと掲載技術:発酵型米麺の液状化抑制技術を例として―
国際農林水産業研究センター 社会科学領域    舟木 康郎
国際農林水産業研究センター 生物資源利用領域    丸井 淳一朗
 みどりの食料システム戦略をふまえ,アジアモンスーン地域への農林水産技術の実装促進のための研究活動を「グリーンアジア」プロジェクトとして進めている。この活動の一環としてアジアモンスーン地域向けの技術カタログを策定した。同技術カタログの中で普及段階に達している技術の一つが「発酵型米麺の液状化抑制技術」である。この技術により,品質劣化による発酵型米麺の廃棄を大幅に削減できるようになる。関係者へのこの技術の紹介のため,共同研究機関とともにタイでワークショップを開催した。こうした取組を含め,グリーンアジアでは関係機関とも連携しつつ,アジアモンスーン地域の持続可能な食料システムの構築に向けた貢献を推進する。
(キーワード:グリーンアジア,技術カタログ,発酵型米麺,液状化抑制技術)
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バナメイエビの養殖技術開発とその事業化を目指す
「Shrimp Tech JIRCAS株式会社」
国際農林水産業研究センター 水産領域    マーシー ワイルダー
 エビ養殖は近年世界的に大規模な産業となっており,年間生産量は600万t 以上,市場規模は約400億米ドルまで達した。しかしながら,病気の突発的発生,環境へのインパクト,種苗(稚エビ)の不安定供給といった問題点がいまだに存在する。国際農林水産業研究センター(以下,国際農研)では,これら問題解決に向け,主にバナメイエビを用い,生理生化学的研究と養殖技術開発を行ってきた。研究開発力強化法の改正をきっかけに,2022年2月に研究成果の社会実装を目指し国際農研発ベンチャー企業を立ち上げた。ここではその経緯と現在の活動を紹介する。
(キーワード:バナメイエビ,陸上養殖,種苗生産,国立研究開発法人発ベンチャー企業)
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JIRCASドリームバイオマスソリューションズ:
未利用バイオマスの付加価値向上技術による持続可能な社会の実現
国際農林水産業研究センター 生物資源・利用領域
兼(株)JIRCASドリームバイオマスソリューションズ
    小杉 昭彦
 「JIRCAS ドリームバイオマスソリューションズ(JDBS)」は,国際農林水産業研究センター(国際農研)が認定した2例目のスタートアップ企業である。JDBSは未利用バイオマスの有効活用と付加価値向上を目指し,持続可能な社会を志向する企業として活動している。JDBSは,豊富なバイオマス資源を高付加価値化する技術をもとに設立され,燃料用ペレットや家具材の生産プロセスからの廃水の資源化に取り組んでいる。また,国内外の企業と連携し,地域のエネルギー自給率向上,廃棄物削減,地域経済の活性化に貢献することが期待されている。
(キーワード:JIRCAS ドリームバイオマスソリューションズ(JDBS),スタートアップ企業,未利用バイオマス,高付加価値化技術,廃棄物削減)
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