Vol.12 No.10
【特 集】 時間栄養学の発展と最新知見


体内時計の基礎研究から時間栄養学への発展の歴史
愛国学園短期大学    柴田 重信
 哺乳動物の時計遺伝子Clock の発見以来,Per Bmal1 の時計遺伝子の発見が時計の分子機構の構築につながってきた。生体の時計は視交叉上核(suprachiasmatic nucleus, SCN)と呼ばれる主時計と,末梢臓器などに発現している末梢時計からなる。約24時間周期の発振機構は主時計も末梢時計も同じであるが,主時計は能動的な発振時計であり,一方,末梢時計は受動的な時計であり減衰しやすい特徴がある。発振周期は24時間ピッタリではないので,毎日24時間に合わせる必要があり,これを同調と呼ぶ。主時計は主に光刺激で同調され,末梢時計は食事刺激で同調される。ヒトは24時間より長いので,朝の光と朝食で24時間に合わせることが可能であり,それぞれの同調の分子機構も紹介する。
(キーワード:光同調,食事同調,給餌性予知行動リズム,インスリン,IGF-1)
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時間栄養学の臨床応用の可能性−肥満・糖尿病に着目して−
東京科学大学 リベラルアーツ研究教育院    高橋 将記
 近年では,栄養・食事のタイミングと肥満・糖尿病の関連について疫学研究の知見のみならず,実験研究や介入研究についても多く報告されている。主な知見として,1)朝食欠食がその後の耐糖能(血糖値を正常に保つためのブドウ糖処理能力)低下を引き起こすこと,2)夕食時には朝食と比較して食後高血糖が引き起こされ,夕食の過剰摂取や夜食の摂取は肥満や糖尿病のリスクが高いことが示されている。筆者らは,夕食時の高血糖に着目し食事介入や機能性食品・飲料の摂取タイミングと食後血糖値の知見を報告してきた。本稿では,これらの知見を紹介し,時間栄養学が今後,どのように臨床応用が可能になるのかについて紹介する。
(キーワード:肥満,糖尿病,食事タイミング,血糖値,機能性食品・飲料)
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骨格筋機能における概日リズムの役割と時間栄養学
長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科    青山 晋也
 多くの生理機能は,概日時計(以下,体内時計)によって約24時間のリズムを形成している。体内時計は全身の組織に存在し,各組織の生理機能に昼夜のリズムを持たせている。骨格筋にも体内時計が存在し,さまざまな筋機能に日内変動をもたらしている。これまでの研究から骨格筋の体内時計は,筋分化や筋力制御,代謝に関わることが示されており,前半では骨格筋における体内時計の役割について概説した。体内時計は食事や運動などの生活習慣によっても調節されることから,後半では食事のタイミングなどと骨格筋機能との関連についてまとめた。食事時刻や栄養摂取のタイミングによって生体の応答が異なることが示されており,特にタンパク質の摂取タイミングが筋量や筋力の維持に重要であると考えられている。本稿では,特に骨格筋の体内時計に焦点を当て,その機能の日内変動や生活習慣が与える影響について概説した。
(キーワード:時間栄養,骨格筋,体内時計,概日リズム)
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食事リズムと認知機能および気分の関連
九州大学 大学院農学研究院    安尾 しのぶ
 食事のタイミングは概日時計や代謝の強力な調節因子であり,時間制限給餌/摂食(Timerestricted feeding/eating, TRF/TRE)は肥満や糖尿病の改善に多大な利点をもたらす。近年,TRF/TRE が認知機能や情動などの脳機能調節にも重要であることが解明されてきた。実験動物を用いた研究では,通常動物のみでなく神経変性疾患モデルでのTRF の有効性が示されている。ヒトでは高齢者や肥満患者を対象とした試験にて,TRE による認知機能の低下抑制や抑うつ改善が認められる。食事リズムと脳機能の関連やその制御機序に基づいて,現代社会の多様な生活スタイルで脳機能を維持する方策が必要とされる。
(キーワード:時間制限給餌/摂食,TRF/TRE,体内時計,認知機能,神経変性疾患,抑うつ)
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夜勤・交替制勤務者のウェルビーイングと時間栄養学
兵庫県立大学 環境人間学部    永井 成美
 夜勤・交替制勤務は,体内時計を乱し健康リスクを高めやすいことが知られている。食事は不規則で簡単になりやすく,われわれの調査では,深夜に高脂肪や高甘味の食事が選択されやすいことも分かった。その後のヒト試験で,食後の活力上昇と眠気低下は定食(標準食)で認めたが,高脂肪・高甘味食では認めなかった。そこで,A 社の社員食堂で,健康的な定食セットを夜勤時に2カ月間摂取する介入試験を行ったところ,従来通りの食事を続けた対照群と比べて,定食摂取群では腹囲の減少傾向と主観的な体調改善がみられた。夜勤・交替制勤務者のウェルビーイング実現のためには,職場の食事環境を整えることも有効であると考えられる。
(キーワード:夜勤,交替制勤務,高脂肪・高甘味食,社員食堂,食事介入,食環境整備)
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時間栄養学の疫学研究と社会実装
広島大学大学院 医系科学研究科    田原 優
 時間栄養学のトランスレーショナル研究(基礎研究の成果を臨床に実用化させる橋渡し研究)は,まだまだ不足している。ヘルステックにより得られたビッグデータ,リアルワールドデータは,栄養疫学として,時間栄養学の発展に寄与するだろう。また,近年のメタ解析等から,朝食欠食や朝多めな食習慣,時間制限食の効果,食後血糖の日内変動などが明らかになっている。一方で社会実装として,時間栄養学の市場開拓が進みつつある中で,越え難い問題が明らかになってきた。本稿では,これら社会実装を見据えた時間栄養学の現状をまとめた。
(キーワード:食事管理アプリ,クロノタイプ,時間栄養食
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時間栄養学の動物への応用可能性
農研機構 畜産研究部門    大池 秀明
 これまでの時間栄養学研究は,主にげっ歯類や培養細胞を利用した基礎研究に,ヒト研究が重なる形で進んできた。一方で,ペットや家畜など,他の動物や産業にも応用できる余地は大きいが,なかなか研究が進んでいないのが現状である。ここでは,今後のペットヘルスケアや畜産・養殖分野への時間栄養学の応用展開を目指し,動物の概日活動リズムに関する基礎知見を俯瞰するとともに,今後の展望や戦略について述べる。
(キーワード:概日時計,活動リズム,クロノタイプ,野生動物,ペット,家畜)
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