Vol.13 No.2
【特 集】 第20回若手農林水産研究者表彰受賞者の業績


寒冷域樹木の育種を加速する遺伝的変異の探索と活用
(地独)北海道立総合研究機構 本部研究推進部    石塚 航
 長寿命で樹体が大きな林木では,遺伝的改良を図る育種に長期間を要していた。早く効率的な遺伝的改良を実践するため,寒冷地域の主要林業種カラマツ類とトドマツを対象に,分子遺伝学・生態遺伝学・表現型解析の面より研究を展開し,遺伝的変異の活用技術を確立させた。カラマツ有用系統の識別に資するDNA マーカーの開発,トドマツの有用系統の選出に資する地域適応性の可視化,若齢時の検定精度向上に資する空間情報を組み込んだ解析フローの確立に成功し,これからの育種事業において活用が期待される。
(キーワード:カラマツ,トドマツ,林木育種,系統識別,成長動態,地域適応)
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One Healthに基づく薬剤耐性菌対策に資する研究
北海道大学 大学院獣医学研究院    佐藤 豊孝
 感染症におけるOne Health アプローチは,人・動物・環境の健康を統合的にとらえる重要な視点であり,薬剤耐性菌(AMR:Antimicrobial Resistance)対策においても不可欠である。筆者は,家畜由来薬剤耐性菌( Mycoplasma bovis や第三世代セファロスポリン耐性大腸菌)および愛玩動物由来薬剤耐性菌(フルオロキノロン耐性大腸菌)の性状やリスク評価を行い,各分野における耐性菌の発生状況と出現リスクを解析・評価し,人への健康被害に与える影響を明らかにした。これらの研究が,畜産分野および愛玩動物分野における抗菌薬の適正使用やOne Health の視点での横断的なAMR 対策の強化に繋がることが期待される。
(キーワード:薬剤耐性菌,AMR,One Health,家畜動物,愛玩動物,リスク評価)
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豚熱およびアフリカ豚熱の迅速な防疫を支える診断法の開発
農研機構 動物衛生研究部門     西 達也
 豚熱の拡大阻止とアフリカ豚熱の侵入防止においては,都道府県の検査機関等で疾病の迅速な摘発と防疫措置が重要となる。これまでの両疾病の検査では個別の遺伝子検査が必要であり,さらに豚熱陽性の場合は野外株かワクチン株かを識別する検査が必要であった。また,野生イノシシでの検査増加により,取り扱いの難しい検体の調製法の開発も必須であった。本研究では,民間企業と連携し動物由来検体からの簡易なウイルス核酸の抽出法と複数の遺伝子を同時に検出できるリアルタイムPCR 反応系および短時間の簡便な操作で検査に適する検体調製法を開発することによって,一連の豚熱とアフリカ豚熱の検査体系の確立に成功した。これらの検査法は国の特定家畜伝染病防疫指針に掲載され,これまで中央検査機関に送付が必要な確定検査を含め数日を要していた豚熱とアフリカ豚熱の検査を都道府県の検査機関等が約2時間半で完了できる検査とし,全国に普及している。
(キーワード:豚熱,CSF,アフリカ豚熱,ASF,マルチプレックスリアルタイムPCR,簡易核酸抽出)
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リンゴ黒星病の防除技術に関する研究
青森県産業技術センター りんご研究所    平山 和幸
 リンゴ主産県である青森県では,2016年ころから黒星病の発生が増加し,2018年には甚大な被害を受けた。そこで,本研究では黒星病の多発要因の解明,感染時期の再評価,耐性リスクを回避した防除技術の開発を行った。基幹防除剤であったDMI 剤について,感受性検定・生物検定を実施したところ,耐性菌の顕在化が初確認された。黒星病の一次伝染源となる子のう胞子の飛散消長を調査し,従来よりも飛散ピークが20日以上早まっており,防除時期にずれが生じていることが明らかとなった。耐性菌が顕在化したDMI 剤を使用しない防除体系を構築するため,生物検定により黒星病に対して治療効果を有する薬剤を明らかにした。黒星病の重点防除時期となる開花期前後に系統の異なる治療効果を有する薬剤を配置することで ,効果的かつ耐性リスク管理も兼ねた防除体系を構築した。これらにより,2018年には結果樹面積の7割(14,584ha)で発生がみられた被害は,2023年には298ha(1.5%)にまで減少した。
(キーワード:モニタリング,温暖化,リンゴ黒星病,殺菌剤耐性菌,対立遺伝子特異的PCR)
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ため池の防災・減災・維持管理を支援するシステムの開発
農研機構 農村工学研究部門    泉 明良
 ため池は地震や豪雨により直近10年間で約7,000件の被害が発生している。地震時のため池の盛土部である堤体の決壊に対する危険度を予測するために,遠心力載荷実験や力学的手法に基づく数値計算によって地震時の堤体変形量を計算する技術およびため池の実被害データの機械学習に基づき,沈下量を高精度に補正する技術を開発した。地震や豪雨発生時にため池の決壊危険度予測を配信するとともに,ため池の現地情報を迅速に共有する「ため池防災支援システム」を開発し,開発した沈下量予測技術を組み込んだ。また,ため池の点検状況,水位データ,監視カメラ画像などの情報を共有し,ため池の維持管理を省力化する「ため池デジタルプラットフォーム」を開発した。
(キーワード:ため池,地震解析,機械学習,防災,維持管理)
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