Vol.13 No.11
【特 集】 畜産の守人達―疾病から家畜を守る技術の進展―


家畜衛生を巡る施策の現状
農林水産省消費・安全局 動物衛生課    岡村 行岳
 豚熱の再発,高病原性鳥インフルエンザの毎シーズンの発生,ランピースキン病の国内初の発生など,家畜衛生を巡る情勢は近年めまぐるしく変化してきており,家畜の伝染性疾病の「発生の予防」および「まん延の防止」の必要性,重要性は一層高まっている。
 農林水産省は,引き続き,畜産の振興と国民への安全な畜産物の安定供給に貢献するため,科学的知見に基づき,関係者の皆様との議論を重ねながら,家畜の伝染性疾病の発生予防やまん延防止に係る各種制度,また,広義での発生予防対策である水際対策について,時代の流れに合わせた不断の見直しを行い,その実施に取り組んでいる。
(キーワード:家畜衛生,家畜伝染病,届出伝染病,発生予防,まん延防止)
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高病原性鳥インフルエンザの状況とその対策について
農林水産省消費・安全局 動物衛生課    本橋 克弥
 2024−2025シーズンの我が国における高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)は,14道県で51事例発生し約932万羽が殺処分対象となった。本シーズンは農場密集地域での連続発生や,大規模農場での発生,過去発生した農場での再発事例が特徴的であった。これを受け,農林水産省は,飼養衛生管理の強化,分割管理の推進,まん延防止に向けた防疫措置の見直し,ワクチン接種の検討の4つの事項について具体化のための検討を進めている。
(キーワード:高病原性鳥インフルエンザ,飼養衛生管理,分割管理,防疫措置,ワクチ
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高病原性鳥インフルエンザの迅速かつ省力的な新たな遺伝子検査法の開発
農研機構動物衛生研究部門 人獣共通感染症研究領域    宮澤 光太郎
 2020年代に入り,世界中でH5 亜型高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)ウイルスの流行が問題となっている。現在,HPAI ウイルスのHA 亜型はH5 またはH7 に限られているため,鳥インフルエンザウイルスの検出とHA 亜型の同定は,HPAI に関連する防疫措置の迅速な発動に不可欠である。しかしながら,従来のRT-qPCR 法は検査者の負担が大きく,検査結果の判明までに長い時間を要することが課題であった。農研機構はタカラバイオ株式会社との共同研究により,鳥インフルエンザウイルス(M遺伝子)の検出と病原性に関わるHA 亜型(H5またはH7)の判定が同時に可能なマルチプレックスRT-qPCR 法を開発した。本稿では検査時間の短縮と誤操作リスクの低減につながる新規RT-qPCR 法について解説する。
(キーワード:高病原性鳥インフルエンザ,HA 亜型,RT-qPCR,遺伝子検査,鳥インフルエンザウイルス)
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わが国における豚熱・アフリカ豚熱診断体制構築のあゆみ
農研機構動物衛生研究部門 越境性家畜感染症研究領域    舛甚 賢太郎・西 達也・國保 健浩
 豚熱(CSF),アフリカ豚熱(ASF)は,それぞれCSF ウイルス(CSFV),ASF ウイルス(ASFV)による豚・イノシシの伝染病である。日本では2018年にCSF が26年ぶりの再発生をして以来,現在まで拡大が続いている。一方,ASF は2007年以降世界的な流行が見られ,日本への侵入リスクが著しく高まっている。所見が酷似する両疾病の診断と識別には迅速・高精度な検査が不可欠であり,その技術は近年飛躍的に発展している。本稿では,CSF,ASF の流行状況を概観しつつ,両疾病の診断体制構築の歩みについて紹介する。
(キーワード:豚熱,アフリカ豚熱,診断,識別,PCR)
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牛に呼吸器病を引き起こす6種類のウイルスを
簡便・迅速に同時検出可能な遺伝子検査キットの開発
農研機構動物衛生研究部門 動物感染症研究領域    安藤 清彦 
 牛呼吸器病症候群(BRDC)は,様々なストレス要因や細菌およびウイルスの感染が複合的に関与する疾病であり,牛産業に甚大な経済被害をもたらしている。原因病原体が多岐にわたるため,臨床現場ではその同定に多大な労力を割いており,検査員の負担となっている。われわれはタカラバイオ株式会社と共同で,BRDC の主要な原因ウイルス6種類を簡便・迅速に検出可能な遺伝子検査キットを開発した。本キットは酵素やプライマー /プローブなどの検査試薬が事前に混合されているため取扱が容易であり,かつ核酸の抽出精製工程が不要なことから,検査にかかる工数を大幅に削減することができる。本キットの普及により,BRDC 検査にかかる業務負荷の軽減が期待される。
(キーワード:牛の呼吸器病,BRDC,遺伝子検査,PCR)
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牛ヨーネ病遺伝子検査キットの製品化と普及のためのフォローアップ
農研機構動物衛生研究部門 研究推進部研究推進室推進チーム
(兼)動物感染症研究領域 細菌グループ
        川治 聡子
 ヨーネ病の新しい診断薬として,2種類の遺伝子検査キットを製品化した。このうち,スクリーニング検査用キットは,従来の抗体検査より感度が高く,感染牛の早期発見が期待できる。また,確定検査用キットは,特異性が高く診断精度の向上が見込まれる。2024年4月,牛ヨーネ病の検査体制が見直され,両キットが法律に基づく検査・診断法として導入されるのに伴い,都道府県の家畜保健衛生所などに対して普及推進のためのフォローアップを行った。
(キーワード:ヨーネ病,防疫対策,遺伝子検査,抗体検査)
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国内におけるランピースキン病発生の概要と診断体制
農研機構動物衛生研究部門    渡邉 瑞季・生澤 充隆・森岡 一樹
 ランピースキン病は,牛や水牛に感染するウイルス性伝染病で,発熱や皮膚結節形成を特徴とする。従来はアフリカに限局(げんきょく)していたが,近年はアジアや欧州にも拡大し,日本でも2024年に初めて発生した。発症牛の淘汰やワクチン接種,冬季のベクター活動低下により収束したが,乳量減少など経済的損失は大きく,再侵入に備えた防疫体制の強化が重要である。国内初発生時には,事前に検証した遺伝子診断や感受性細胞を用いて迅速な診断を実施し,その後の都道府県での診断体制整備を支援した。さらに,国内初の本病ワクチン使用に際して,野外株とワクチン株を識別できる新規遺伝子検査法を開発した。
(キーワード:ランピースキン病,国内初発生,防疫体制,ワクチン接種,遺伝子診断)
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「アニマルック」が実現する家畜遠隔診療
SBテクノロジー株式会社 ソリューション営業本部 公共ソリューション営業統括部    佐藤 佑樹
 家畜診療における獣医師の人手不足や移動負担は,畜産業の持続可能性に深刻な影響を及ぼしている。こうした課題に対し,遠隔診療サービス「アニマルック」は,診療の効率化と獣医師の働き方改革を支援する新たな技術として注目されており,農林水産省より「2024年農業技術10大ニュース」に選定された。本稿では,アニマルックの提供背景,機能,導入実績や活用事例,そして遠隔診療文化の形成に向けた取り組みについて解説する。
(キーワード:遠隔診療,獣医師業務,家畜疾病,業務効率化,アニマルック)
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