Vol.14 No.2
【特 集】 農林水産分野の先端技術展開事業における開発実証研究および社会実装の成果


土壌よく度のトラクタ搭載型
非接触センシング・マッピングシステム
東京大学 農学生命科学研究科    井上 吉雄
 土壌の肥沃度指標(土壌炭素含有率)を非接触で連続的に計測し,圃場内分布を数mのメッシュ単位で迅速に見える化するシステムを開発した。同システムはハイパースペクトルセンサ,ネットワーク型RTK-GNSS センサ,制御・演算・記録装置,独立電源等から構成される。トラクタに装着して通常の耕耘こううん 作業時にデータ収集し,耕耘直後に肥沃度マップを生成,GoogleEarth 上に表示する。さらに,バラつきに対応した堆肥の現物処方量マップを作成し,標準形式のデジタルマップとして可変散布農機に伝達し利用可能なことを実証した。除染農地のバラつき解消や,地力の増進・炭素貯留量の増強に向けた有機物管理への活用が期待される。
(キーワード:分光計測,土壌炭素,GIS,可変散布,リモートセンシング,炭素固定)
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高線量地域を含む森林の利用・管理のための
森林資源利用システムの開発と利用
福島県林業研究センター    小川 秀樹
株式会社大和田測量設計    塚野 大介
日本大学(現 山陽小野田市立山口東京理科大学)    溝口 知広
 東京電力福島第一原発事故により汚染された高線量地域を含む森林の状況を把握するため,ドローンや人工知能を用いて森林情報と空間線量率を自動解析する「森林資源利用システム」を開発した。本システムの特徴は,幹の点群からの本数・材積の推定,深層学習による樹種判別,上空線量から地上線量を推定する技術を統合し,クラウド上で利用できる点にある。本システムによる本数・材積の解析結果を,人力調査と比較したところ同等の精度が確認された。高線量率を含む森林に本システムを試行的に適用したところ,解析により得られた多様な情報を総合的に活用することで,高線量地域を含む森林においても,安全性に配慮した森林利用計画の策定が可能であると考えられた。
(キーワード:森林資源利用システム,福島,森林,ドローン,放射性物質)
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福島県除染後農地における
緑肥作物の植栽による地力回復と蜜源利用
秋田県立大学     佐藤 孝
農研機構東北農業研究センター
(現:農研機構本部)
    久保 堅司
農研機構東北農業研究センター     藤村 恵人・山本 修平・
齊藤 孝太朗
福島県農業総合センター浜地域農業再生研究センター     吉岡 尚
福島県農業総合センター浜地域農業再生研究センター
(現:福島県農業総合センター会津地域研究所)
    松岡 宏明
福島県相双農林事務所     菅野 拓朗
農研機構畜産研究部門     畦元 祐也・荻原 麻理・
芳山 三喜雄
農研機構食品研究部門     八戸 真弓
 本研究は東京電力福島第一原子力発電所事故後に除染された福島県内農地の地力回復のためのマメ科緑肥作物の利用拡大と,緑肥からの安全性が高い採蜜技術の確立を目指した。窒素集積量が最も高いのはヘアリーベッチであり,ペルシアンクローバは過湿条件でも旺盛に生育することが判明した。また,塩化カリ代替として籾殻燻炭もみがらくんたんを施用すると作物の137Cs吸収が抑制され,この効果が複数年持続することが明らかとなった。ハチミツ中の137Cs 濃度は,未除染地に生える植物から集蜜すると高く,除染後農地に栽培された緑肥作物の比率が高い試料で低い傾向が見られた。したがって,ミツバチの嗜好性が高いペルシアンクローバやシロツメクサを除染後農地に植栽し,その開花期間に採蜜することにより,ハチミツの137Cs 濃度を低く保つことが可能であると示唆された。以上から,除染後農地にマメ科緑肥作物を植栽することにより,地力を高めながら安全性が高い採蜜ができると考えられるが,緑肥作物の開花期のみ採蜜するなど137Cs濃度を高めない工夫が必要である。
(キーワード:除染後農地,放射性セシウム137(137Cs),マメ科緑肥作物,ハチミツ,籾殻燻炭)
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被災地からの新技術
―大型トラクタによる複合作業型の省力多収水田輪作―
農研機構東北農業研究センター     松波 寿典・田中 惣士・田邊 大・
篠遠 善哉・嶝野 英子
農研機構農業機械研究部門     山下 貴史
宇都宮大学雑草管理教育研究センター     赤坂 舞子
 福島県浜通りの営農再開地域において150馬力の大型トラクタを用いた複合作業型のプラウ耕鎮圧体系による乾田直播ちょくは水稲−子実とうもろこし−ヘアリーベッチ−ダイズの水田輪作体系を開発した。この水田輪作では耕起や播種はしゅ時にワンマンオペレーション型の高速作業による省力化だけでなく,子実とうもろこしの導入による後作の大豆作付時の排水性の改善とヘアリーベッチ(マメ科の緑肥植物)の導入による地力の向上に伴い,乾田直播水稲 646 kg/10 a,ダイズ 322 kg/10 a の多収性が発揮されることが実証され,今後の被災地での活用が期待される。
(キーワード:乾田直播,子実とうもろこし,水田輪作,複合作業,ダイズ)
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製パン性,中華めん適性に優れる寒冷地向け小麦品種
「夏黄金」の福島県における普及促進について
農研機構東北農業研究センター    池永 幸子・渡辺 満
 先端技術を活用した施設野菜・畑作物の省力高収益栽培・出荷技術の確立(以下,「先端プロ」)(2021〜2023年度,2025年度)において,加工適性の高い寒冷地向け小麦品種「夏黄金」を活用し被災地域の農業生産の早期復興に貢献するため,福島県向け栽培マニュアルの作成とマニュアルを活用した普及活動を行った。特に普及活動では,福島県内での「夏黄金」の生産と利用を喚起するため,生産者向けの栽培講習会や実需者向けの試作品検討会を企画し開催した。試作品検討会では「夏黄金」の加工特性が高く評価されたことから,将来的に福島県産「夏黄金」を使用したパンや中華めんが広く流通することが期待される。
(キーワード:省力施肥栽培,製パン性,中華めん適性,夏黄金,普及活動)
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魚類品質の非破壊分析による見える化
―「脂の乗り」の簡易評価法の開発―
東北大学大学院農学研究科     中野 俊樹
福島県水産海洋研究センター    守岡 良晃
 農林水産物の品質の評価法として非破壊分析が注目されており,特に近赤外分光法は迅速測定が可能で利用が進んでいる。また,生体電気インピーダンス法は,生体に微弱な電流を流した際の電気抵抗値(インピーダンス値)を基に対象成分の量などを推定する方法で,体脂肪率計として応用されている。福島県で,常磐じょうばんものとしてブランド化を目指すアカムツの脂質含量,すなわち「脂の乗り」を近赤外分光法とインピーダンス法で迅速かつ簡便に測定する方法を開発した。今後は,本測定法により現場で魚類脂質のリアルタイム評価が可能となり,漁獲魚の付加価値向上,適正な販路の拡大,ブランド化などへの応用が 期待される。
(キーワード:非破壊分析,近赤外分光法,生体電気インピーダンス法,品質評価,脂質含量,脂の乗り,アカムツ)
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被食検出機能付き発信機を用いた
超音波テレメトリーによるホシガレイ放流種苗の生残評価
福島大学環境放射能研究所     和田 敏裕
京都大学大学院農学研究科     角野 和史
京都大学大学院農学研究科・
京都大学フィールド科学教育研究センター・
京都大学プラットフォーム学卓越大学院
    高木 淳一
京都大学大学院農学研究科・
京都大学フィールド科学教育研究センター
    三田村 啓理
 高級魚として知られるホシガレイは福島県における重要な栽培漁業対象種であるが,放流効果を高める上で重要となる放流後の種苗の生残や移動プロセスは明らかにされていない。本研究では,ホシガレイ人工種苗(全長約 100 mm)の小規模放流群と大規模放流群を同一海域で比較し,被食検出機能付き発信機を用いて生残および移動特性を評価した。放流初期には魚類や鳥類による被食が顕著であり,特に大量放流に伴う鳥類による被食率の増大が示唆された。放流地点や放流時期の最適化,捕食者対策を含めた総合的な放流技術の改善が重要であることが示された。
(キーワード:ホシガレイ,超音波テレメトリー,捕食者,被食,栽培漁業)
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福島県における肉用牛の
AI超音波肉質診断システムの普及の取り組み
福島県農業振興課     渡邊 鋼一
福島県畜産課     堀切 眞太郎
福島県相双農林事務所農業振興普及部     野口 泰世
福島県農業総合センター畜産研究所     堀江 太樹
 東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故による原子力災害からの復興に向け,2019〜2025年度にかけて,肉用牛(黒毛和種)の肉質を,成育途中に撮影した超音波画像を人工知能(AI)で 解析・推定するシステムを開発し,生産現場での実証を行った。その結果,肉質の状態を確認しながら出荷の適期を判断でき,モデル農家では枝肉における上物率(肉質等級4等級以上)の向上や出荷時期の短縮が 図られ,所得向上に寄与した。
(キーワード:福島県,肉用牛,黒毛和種,AI,超音波肉質診断)
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福島県における先端技術導入によるアユ種苗生産システムの復興の取り組み
東北大学大学院 農学研究科     中嶋 正道
福島県内水面水産試験場     山田 学
 震災およびその後の災害により大きな被害を受けた「福島県のアユ種苗生産・供給体制」に対して,「農林水産分野の先端技術展開事業」により,①優良親魚のゲノム選抜技術,②閉鎖循環式養殖設備を用いた親魚養成技術,③他用途種苗生産施設を活用した親魚養成技術の3つの技術を導入した。その結果,震災前の生産体制を強化し,復興に寄与することができた。
(キーワード:アユ種苗生産,ゲノム選抜,遊漁,縄張り形成,遺伝率,SNP,閉鎖循環,他用途)
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震災15年を迎える原子力被災地域における農業復興の現状と先端技術の役割
福島大学食農学類    則藤 孝志
 東日本大震災と原発事故から15年が経過し,社会では記憶の「風化」が進む一方,原子力被災地域では環境と生活・コミュニティ,産業の再生をめざす取り組みが現在も続いている。本稿では,震災15年の節目に農業復興の現状と課題を整理し,特に先端技術の役割を検討する。過疎と離農が一段と進む中で,農業復興の焦点は「再開」から農地と営農の「維持」へ移りつつある。被災地域では,水田部門の効率的な営農体系と人材確保・育成,多様な担い手が参画できる新規品目の産地形成などが課題となるが,そこでは「農業の先端技術」の活用が有効・不可欠であることを明らかにする。
(キーワード:原子力被災地域,復興,営農再開,担い手の減少,先端技術,産地形成)
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