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カギバラバチの生存戦略

−インセクト・インダストリー時代の幕開け−

 日本産のオオスズメバチは体長30〜45mm、世界でも最強の昆虫の一つである。刺され所が悪いと人間でも死ぬことがある。しかし、この怖いスズメバチを“食い物”にしている、 “凄い奴”がいることを、ご存じであろうか。

 体長10mm足らず、その名の通り、腰がくびれてカギのように折れて見える、カギバラバチがその“凄い奴”である。一見、ひ弱なこの寄生バチは、あろうことか、 あの警戒厳重なスズメバチの巣に侵入し、その幼虫を食い尽くしてしまう。どうして巣の中に潜り込むことができるのか。実は、大変巧妙な“たくらみ”をめぐらして、 スズメバチの巣の中に侵入していくと言う。

 まず、スズメバチの生態を知らなければならない。スズメバチの幼虫の好物は、ネムやヤナギの葉を常食にするアオムシの肉団子である。そこでカギバラバチは、 予め、ネムやヤナギの葉に無数の卵を生みつけて置く。生みつけられた卵のうち、ごく少数の運のよい卵だけが無傷のままアオムシに食べられ、葉ごと体内に入る。 体内で孵化したカギバラバチの幼虫の中の、さらにごく少数の本当に運のよい個体が、スズメバチに噛み砕かれることなくアオムシごと肉団子にされる。 こうなればしめたもの、見張りバチの目を盗んで、まんまと巣の中に運び込まれる。巣に運び込まれた肉団子はやがてスズメバチの幼虫に食べられるが、 ここで急成長し、宿主の腹を食い破り、さらに巣内のすべてのスズメバチの幼虫まで食べ尽くして、成虫になる。もっと驚かされるのは、その際、 同じようにして侵入してきた後続のカギバラバチの仲間がいても、これまた情け容赦なく食い殺してしまうという。なんとも凄惨な話である。

 このカギバラバチの生存戦略は、なんとなく最近の先端技術の開発競争を思い起こさせる。他人の思いもつかないアイデアを武器に、 しのぎを削る競争の中を、次々とくぐり抜けた者だけが、最後に勝利を収める。ネムやヤナギの葉上からスズメバチの巣の中に至るカギバラバチの“きびしい競争の生涯”にも匹敵しよう。 最初の発見者・研究者だけが栄光に輝き、一刻でも遅れた者は全く評価されず、すべての努力が水泡が帰してしまうと言う非情さも、 なんとなく後続の仲間までバリバリ食べてしまうカギバラバチに似て見える。

 「虎穴に入らずんば、虎児を得ず」と言う諺があるが、カギバラバチの戦略は単なる蛮勇ではない。たしかに犠牲は大きい。しかし、 カギバラバチ全体から見れば周到に計算され尽くした。確実な戦略であり、勝算は十分にある。この地球上に昆虫が棲み着いて4億年余り、 気の遠くなるような長い時間の中で、試行錯誤と大きな犠牲の上に築き上げてきたカギバラバチの“たくらみ”と言うことができよう。

 技術開発に当たって、市場動向などを十分に研究し、技術開発目標を定める。その目標に向かって、各人が非情なまでの競い合いの中でひたすら励む。 研究機関や企業からみて、個々には大変無駄が多いように見えても、これがもっとも確実な技術開発戦略であると言うことを、カギバラバチは教えてくれているのかも知れない。 もっとも仲間に食い殺されるのだけは願い下げだが。

 カギバラバチに限らず、この地球上に180万種いると言われる昆虫は、生物進化の一方の頂点にある。今、この昆虫に学ぶサイエンスが見直されようとしている。 4億年の経験を刻み込んだ昆虫のDNAを農作物に導入し、環境変化や病害虫に強い品種を作る。未知の生体機能、物質代謝を明らかにして各種の生理活性物質を開発利用する。 昆虫を媒体としてインターフェロンなどを生産する。などなどの技術開発が進めつつある。新しい「インセクト・インダストリー時代」の幕開けである。

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