モチ好き、ネバネバ嗜好の品種改良−水稲「きらら397」とモチ小麦− |
日本人はモチ好き日本人の餅好きは遠い昔、この列島に住みついた私たちの祖先が里芋類を常食にしていた名残りだという。ネバネバした食感が嗜好として定着し、餅を好む食文化を育ててきたのだろう。ネバネバ嗜好は餅だけではなく、毎日のご飯やうどんにもあるらしい。 最近の研究から、その二・三の例をひろってみよう。 「きらら397」の誕生北海道の良食味米「きらら397」が消費者の人気を集めている。だが、一昔前までの道産米は、炊くとパサパサで粘りがなく「猫も跨いで通る」、 と陰口されていた。この不評の道産米を一躍良食味米に変身させたのが、ネバネバ嗜好に着目した品種改良である。穀物のでん粉には普通、アミロペクチンとアミロースの二種類がある。アミロースが欠け、アミロペクチンだけのものがモチ米で、 ウルチ米にはアミロペクチンも含むが、アミロースの含有率が高いほど粘りがなく、パサパサ感が強くなる。 第1図をご覧いただきたい。「イシカリ」など、かつての道産米はアミロース含有率が21〜23%で粘りがなく、 良食味米の代表格の新潟産「コシヒカリ」や、宮城産「ササニシキ」の16〜18%に比べて著しくアミロース含有率が高かった。 この事実に気づいたのが、いま北海道の上川農業試験場土壌肥料科長の稲津脩(おさむ)さんである。道産米の食味改善には低アミロース化が決め手になることを提唱した。 昭和55年、道立農業試験場の総力を上げた「優良米の早期開発研究」プロジェクトが発足すると、彼の提案は品種改良の最重点事項としてとり上げられ、 佐々木多喜雄さんたち育種グループによる低アミロース系統品種の選抜が始められたのである。 年間2万点に及ぶ育成系統のアミロース測定は容易なことでなく、高価なオート・アナライザーと、これを駆使する育種態勢が必要である。 農業試験場関係者の熱意と、これに応えた財務当局の支援が、この難事業を完遂させたのである。努力はみのり、昭和59年に「ゆきひかり」、 そして63年に「きらら397」(第1図の傍線品種)が育成された。良食味の道産米はこれ以降、次々と世に出るようになった。 |
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世界初のモチ小麦創出 |
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山下さんは急逝したが、彼の遺志を継ぐ育種家たちによって、低アミロース系統の選抜が進み、粘りのあるうどん用品種が育成されつつある。
九州農業試験場が平成5年に育成した「チクゴイズミ」などである。
難しい用語の説明は省くが、Aゲノム上のWx遺伝子が変異を起こしているもの177品種、Bゲノムのそれは159品種だった。うち、7品種はAB両ゲノムで劣性である。 問題はDゲノムで、中国原産の「白火(ばいほ)」1品種だけだった。自然界でスロットマシンの大当りが出ない理由は、この辺にあるのだろう。 そこで山守さんたちは、すでにA・B両ゲノムでWx劣性の、「関東107号」などに「白火」を交配し、モチ小麦系統の作出に成功した。 まだ研究途上だが、近い将来ネバネバ嗜好の日本人の食卓を、さらに豊かにする新品種が誕生することだろう。 |
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これからのネバネバ嗜好最近はモチとウルチの中間の半モチ米の品種改良が進められつつある。海外ではモチ馬鈴薯もできている。これからも、日本人のネバネバ嗜好が多様な食材を生み出していくことだろう。米や小麦のネバネバ嗜好の話は、私たちが祖先から受け継いできた食の嗜好が予想以上に根強く、奥深いことを教えてくれている。これからの農業はますます多様化・個性化が求められていくだろうが、先述の研究成果はそれに応える方向の一つを示していると言えよう。 |