日本のサラリーマンは良く「働きバチ」に例えられる。それでは本家のミツバチの働きバチの実態はどうであろうか? これについてハチの研究者の大谷 剛さんが、多数の働きバチに極微の背番号を取りつけ、両面ガラス張りの巣箱で行動を追跡するという、根気と時間をかけた観察を行っている。
働きバチは本来すべてメスであるが、女王の分泌するフェロモン(女王物質)の作用で卵巣が萎縮し、女を捨てた働きバチとして一族のために働き続けて死んでゆく。働きバチの寿命は1カ月くらいで、その間に多岐にわたる仕事をこなす。花粉と蜜を集める外回り労働のほかに、巣の中にあっても掃除・育児・女王の世話・巣作り・餌の貯蔵などなど、40種類もの仕事を受けもっている。
また、人間の睡眠に相当する「休息」の時間は3.8時間しかないという。そのほかの時間はブラブラしているが、通常はそうした個体がかなり多く、 ミツバチはあまり仕事をしていないような印象をうけるものの、あえて弁護すれば、それらの個体も「サボル気」はまったくなく、 多くは仕事を求めて歩き回っているのだそうである。 いずれにしても働きバチはキャリア・ウーマンの集団である。では人間の場合ならば“働きバチ”の過半数を占める“男衆”は何をやっているのであろうか? 実は、オスは秋のシーズンになるとあらわれて結婚飛行に巣を飛び出し、全速力で逃げる新女王を、「娘一人に婿百人」のあんばいで追いかけ、 追いついた体力に優れたほんの少数のオスだけが空中で交尾し、王となれる。そして、この交尾だけがオスの唯一の仕事である。一見楽なようだが、 もちろん大多数のオスは交尾にあぶれるし、晴れて王となれたオスも交尾のショックで結婚はただちに死につながる。あぶれたオスは古巣に舞戻るしかないが、 こうした出戻りオスたちは、もはや粗大ゴミでしかない。たちまち働きバチに追いだされ、自分で餌を取る能力もなく、むなしく巣の外に死体の山を築いてゆく。 交尾して王となり、その場で死ぬのと、交尾にあぶれてわずかながらでも生き永らえるのと、その損得勘定はともかく、ミツバチのオスは昆虫界きっての巨大なペニスをもつことで知られる。 これらの“童貞オス”たちが、女を捨てた働きバチの手で次々に巣から追いだされる姿をみると、ついある種の感慨をおぼえずにいられない。 [研究ジャーナル,18巻・4号(1995)] |
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