アグロ虫の会ぼくの所属する同好会に『アグロ虫の会』という小さな会がある。主として農薬会社や植物防疫行政に携わったOBたちのうち、いまだに"虫が好きで好きでしんぼうたまらん"という、 昆虫少年ならぬ昆虫老人の集まりで、小さい組織ながらも、しばしば例会と称する飲み会や、国外を含む採集会を行い、年刊でオールカラーの機関誌を発行するなど、けっこう積極的な活動を行っている。 また、その関連会合への会員の参加率も高い。ヒマだからでなく、それほどの虫好きばかりなのである。そして、今年(2009)の4月1日、ぼくはこの会のグループメールを使って、全会員に次のような情報を発信した。 「メール」の全文沖縄のミバエ関係の友人のN君からビッグニュースが飛び込んだ。昨秋、西表(いりおもて)島の南西部のほとんど人の立ち入らない峨施原(がせばる)原生林で、県の林務部の職員(虫屋ではない由)によって、フトオアゲハの成虫が3個体(2♂・1♀)採集され、 琉球大学の西表試験地が中心になって極秘で調査が続けられているという。成虫はすでに死亡していて採卵はできなかったが、その後複数の幼虫も発見され、生活史もほぼ解明されたとのことである。 台湾種に酷似するが、後翅の赤色紋がやや紫色を帯びて不明瞭、開張も8〜9cm内外で、11cmもある台湾種や中国種よりも顕著に小型。遺伝子分析の結果からも明らかに土着の独立種と認定された。 添付の写真は論文に使用予定のもっとも状態の良い♂の採集個体のものの由である。 『ネーチャー誌』に新種として論文の掲載が決まり、近くプレス発表が予定されている。またそれと同時に、国の天然記念物、環境省の絶滅危惧種指定の発表を行う予定で、その根回しも進行中とのことである。 添付の写真が文字通り世界初公開、ただし、こうした事情で一応現段階では「部内秘」扱いのこと。 いずれにしてもイリオモテヤマネコやヤンバルテナガコガネをしのぐ世紀の大発見!成虫はシロウトが素手で捕らえられたほど行動が緩慢だったという。おそらくこれによる行動範囲と生息域の狭さがこれまで奇跡的に発見されなかった理由であろう。日本は広い! 事の真相4月1日、この世界的にウソが公認された日、何もしないテはないと思った。前の晩、寝ながらいろいろ考えた。なんせ虫についてはいずれもこの道半世紀以上の百戦錬磨のツワモノたちをだますのだから、 生半可な仕掛けではすぐに底が割れる。日こそ違え1938年のハロウィンの特別番組「火星人襲来」で全米をパニック状態にしたラジオ放送にあやかって「日本でビックリするような新種が発見された」ことにしよう。 舞台はいかにもありそうな西表島の原生林がいい。ニュースの提供者は付き合いの多い沖縄のミバエ関係者にしよう。会員に蝶好きが多いので虫はチョウがいい。 種類は台湾の高地に住む文字通り"稀蝶"なフトオアゲハにしよう。かつて台湾が日本領だったころ、かの『平山図鑑』で誰でも知っていた幻のチョウである。別種が中国南部からも知られるので、 西表島ならば緯度的にも信じてもらえる可能性があろう。かくして、大筋は決まった。困ったのは写真の添付である。昔、自分の美麗昆虫のコレクションを撮影したスライドの中に写真はあるが、パソコンが未熟で写真を加工して別の種類のように見せる技術がない。 そこで写真ではわからない大きさ(開張)を大幅に小さいことにした。新種の決定にはもちろん遺伝子分析を使おう。発表誌は日本で知名度の高い『ネーチャー誌』で決まりだ。 原稿は当日の朝、1時間ほどかけて書いた。規則?では4月1日のウソは正午までとある。仲間の虫屋をだますのに良心の呵責もあった。そこでありもしない「峨施原(がせばる)」という文字通りガセ原生林をつくり、 だまされた方にも多少の責任があるように布石をした。発見者を虫屋ではないことにした。昔、北大の学生だったとき、道庁の林務部の職員が持ち込んだエゾマツに多発生したカミキリムシの幼虫から羽化したのが、 なんと当時の天下の珍品!幻のオオトラカミキリであったことによる。捕まえた数も多からず少なからずの3匹。素人が捕虫網を持っているはずがないので素手で捕まえたこととした。また、 そのツジツマを合わせるために、チョウの行動を緩慢にし、それをさらに生息域の狭さとこれまで発見されなかった理由にした。 出来上がった草稿を推敲して切り詰め、「送信」のキーを押したのが午前10時44分、間に合った。 翌日、多くの会員から驚きと興奮の返信が相次いだ。さらにその翌日の4月3日に開催された恒例の春の総会(飲み会)はこの話題で持ちきりになった。日付を見て「あるいは?」と半信半疑だった数人を除き、 ほとんどの会員が頭から信じ、中には、「昔、この原生林を歩いたことがある」と補強してくれた会員までいた。ぼくは上述の所蔵美麗昆虫の写真を、当農林水産技術情報協会のホームページで公開しているが、 その中のフトオアゲハの写真と今回の添付写真が同じであることを調べ上げ、この"動かぬ証拠"を突きつけたのは、とりわけ古い付き合いの関口洋一氏だけであった。まずは思惑どおりの大成功であった。 心のこもらぬお詫びたわいのないウソとはいえ、ひと時の夢を見た会員諸賢には申し訳なかった。「お前はほかにすることがないのか」という声も聞こえそうである。しかも、信じてくれたのは日ごろのぼくへの信頼の証左と思えば一層心が痛む。 深く反省し、そのあかしとして、来年はもうやらないつもりである。[農林水産技術同友会報,47号,(2009)] |
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