虫に無関心なアメリカ人でもいやおうなしに虫と対峙せざるを得ないときがある。それが「ジュウシチネンゼミ(17年蝉)」の発生である。このセミは北アメリカに住む平凡な形の小型種だが、
幼虫が17年という非凡な年月をかけて育つことで知られる。もともとは同じ種類から分化したものだが、17年サイクルのほかに南部には13年サイクルのものもいて、現在では前者が4種、
後者が3種の合計7種類に分類され、アメリカではまとめて「周期ゼミ」と呼ばれている。その発生年は常に大発生になり、鳴きたてる騒音で時には会話もままならないほどという。
最近では2004年がニューヨーク周辺の広い地域の発生年に当たり、その様子が日本でも再三報道されたのでご記憶の方も多いであろう。
また13年と17年型の混在地では素数ゆえに「13×17」の実に221年に一度は両型が同時発生するが、木に鈴なりの異種混在の中でも交雑はめったに起こらないそうである。なお、これらのセミは素数ゼミともよばれ、 世代の長さに素数年が選択されたのも、それ以外のセミとの同時発生の頻度を減らし、競合が有利になる点で適応上大きな意味を持っていると思われる。また、そのために17年と13年は長すぎず短すぎずの選択だったのであろう。 それぞれの種に発生サイクルのずれた年次集団があるが、分布範囲が異なり、同じ場所で羽化が見られるのは17年(または13年―以下同じ)ただ1度限りである。 不思議なことに、長年月にわたるにもかかわらず幼虫期間の個体差はまったくない。生まれてからきっかり17年目の初夏、短期間ですべてが羽化する。成虫寿命はほかのセミ並みに数週間しかなく、 この間に細枝の中に卵を残して死ぬ。孵化した幼虫は落下して地下に潜り、植物の根を吸汁しながら17年をかけて5齢に達し、晴れて羽化の日を迎える。通常昆虫とその天敵は数のバランスを保って共存しているが、 周期ゼミの場合はこのルールは通用しない。小鳥は急に膨大な餌が出現しても食べきれないし、セミも小鳥に食われるくらい痛くも痒くもなく、たとえ隣のセミが食われようが、逃げる行動をとらない。 周期ゼミは多くの昆虫学者の好奇心を掻き立ててきた。「なぜ17年なのか? どうして周期が揃うのか?」の問題に対しては、小鳥などの捕食者に対する防衛戦略として進化したという説が有力である。 事実周期ゼミには有力な天敵がない。長い年月を経て突如大量に発生するこのセミに対応できた天敵がなかったというわけである。周期ゼミの幼虫は地中にあって発育に伴い総重量が毎年急増してゆく。 この間食虫性のネズミやモグラも十分な恩恵にあずかることであろう。ただし、ある初夏の日、羽化によって一斉に餌を失い餓死することまでは勘定になかったに違いない。また、幼虫が暗闇の地中で正確に年数を把握しているナゾについては、 正木進三博士が、理由を冬過しの「休眠」に求め、17回目の越冬休眠がその年の夏に羽化する引き金になっていると推定している。 アメリカ人にとっても周期ゼミの発生は"事件"である。昨年も新聞には各種のセミ料理のレシピーが紹介され、デザートにチョコレートでくるんだセミチョコを出すホテルも現れ、セミ柄のTシャツも売り出された。 なお、ここに掲載した写真は、かつて本に使うため、ニューヨーク州立大学の周期ゼミの研究者クリス・サイモン女史にいただいたものである。 [「虫けら賛歌」より改変、2009、創森社] |
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