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消えた鍾乳洞

ウスケメクラチビゴミムシ
(上野 俊一氏 原図)
 暗い洞窟(くつ)の中は、かつての人類がそうであったように、いろいろな動物にとって絶好のかくれがである。そしていつの日か、そこに定住するものも現れ、 起源の古い洞窟の中には、コウモリのフンを“資源”とした生物の特殊な小世界が存在している。

 こうした“入りびたりタイプ”になった洞窟生活者は、洞窟相互間に広がる“明るい世界”によって交流が遮断され、必然的に同じ洞窟の中だけで代々生活を繰り返すことになる。 そして長い時の流れは、やがて洞窟ごとに勢力範囲の異常に狭い“種”を分化させていった。

 洞窟昆虫の研究をしているぼくの友人は、かつて瀬戸内のある街はずれの小さい鍾乳洞を調査して、ゴミムシの仲間に属する小甲虫を採集した。それは盲目の典型的な洞窟性の種類で、 新種とわかり、命名して学会誌に発表した。ここまでは、彼がいつもやってきた作業のひとコマにすぎない。が、何年か後、彼が再びそこを訪ねたとき、 その洞窟のあった丘陵は、宅地造成のために跡形もなく崩され、そこには大団地が出現していた。

 かくして、長い歴史をきざんできたひとつの“種”が、人為によって地上から抹殺された。トキのように話題になることもなく、かつて存在したことのあかしを、 一編の論文と、わずかな標本に残して……。

[朝日新聞夕刊「変わる虫たち」,(1989.4.5)]



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