遺伝学の素材として有名なショウジョウバエで、触角が脚になったり、余分なハネが生じたりするような体節の異常現象が古くから知られていた。
虫の体節のそれぞれが正常な形質を発現して、全体を完成させるためには、ホメオティック遺伝子という一連の遺伝子が規則正しく働く必要があり、
それが狂うと、このような突然変異が生じる。
近年、これらのホメオティック遺伝子が相次いで分離され、その操作で人為的に体節異常の個体を作れるようになり、研究は急速に進展している。 そして、その過程で興味ある事実がみつかった。この遺伝子とDNAの塩基配列がよく似た遺伝子が、ヒトを含む広範な動物にも存在していることがわかったのだ。 これはホメオボックスと呼ばれ、ほかの遺伝子の働きを制御する、より高位の遺伝子の役割を担っているらしい。また、ホメオボックスが多くの動物に共通して保存されていることは、 進化の過程でその発生・分化に密接に関与してきたことを示唆する。 いまのところホメオボックスは、まだ大半が“ブラックボックス”に近い。しかしその解明は、動物の小さい胚(はい)の中に、複雑な形態分化を約束する情報がどのように存在し、 発現するのかという、発生や形態進化の大命題を解くカギとなる可能性が高く、研究者の熱い視線が注がれている。 [朝日新聞夕刊「変わる虫たち」,(1989.4.10)] |
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