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蓼食う虫


 「蓼(たで)食う虫も好き好き−辛い蓼を食う虫があるように、人の好みはさまざまである」(広辞苑)。

 この有名なことわざの蓼は、タデ科植物のヤナギタデ類のことで、刺身のつまに付いている赤や緑色の小さい二葉の芽(かいわれ)がそれである。 その葉は辛く、虫だって敬遠するだろうということでこのことわざができた。しかし、その意味ならば「タバコ食う虫も好き好き」とした方がはるかに説得力が大きい。 ニコチンはタバコがおそらく虫への防御物質として発達させた二次成分で、強力な神経毒物質を持ち、化学農薬全盛の今でも殺虫剤としての命脈を保っている。  

 しかし、このニコチンの壁を突破したタバコ害虫は数多く、日本でも50種近くが記録されている。彼らがニコチンをブロックする仕組みは一部の種類で解明されているだけだが、 オオタバコガ、キタバコガなどの食葉性のヤガ類の幼虫の多くは、栄養分だけ頂き、ニコチンは神経に作用する前に速やかに体外に排泄するきわどい仕組みを持つ。 また、欧米で実験用昆虫として有名なタバコスズメガはニコチンを短時間で無毒な物質に変える代謝機能を持つ。

 ところが、タバコを含む多犯性の吸汁性害虫として知られるモモアカアブラムシは、タバコを吸汁しても虫体や分泌物からニコチンはまったく検出されない。 このナゾは"毒消し"の観点からの追求ではわからなかったが、実は口吻を維管束の師管だけに挿入するアブラムシ類の一般的な習性にその理由があった。 ニコチンは根で合成されて道管を通って運ばれるが、師管は通らない。こうしてこの虫は生得的なこの習性だけで物理的にニコチンを回避し、 師管を通る糖類を栄養としているのである。師管には多くの昆虫が必要とするデンプンもないが、アブラムシ類はもともとデンプンが不要で、 唾液にもその消化酵素のアミラーゼを持っていない。

 余談だが、ぼくはニコチン耐性が強いわけでもないのに、肩身の狭い思いでタバコを吸っている。ただ禁煙は簡単で、ぼくはもう何回も実施した実績を持つ。

[研究ジャーナル,27巻・5号(2004)]



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