山道でクマに遭遇したら「死んだふり」をしろという話は、だれでも知っている割りにはまったく効果がないそうである。
しかし、多くの昆虫は天敵からの生き残り戦略としてこの方法を採用している。
正しくは“擬死”と呼ばれるこの現象は意識的に死んふりをしているわけではなく、ある刺激を受けたことで、
全身の筋肉の緊張状態が反射的に変化して起こる生得的な性質である。多くの捕食者は相手が動くことを獲物発見の重要な手がかりにしてるので、
擬死は生き残るのに多大の効果があったことであろう。
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タイコウチの擬死
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写真は水生昆虫のタイコウチが脚を伸ばした独自の形で擬死状態になったものである。そのまま1時間たっても動き出さず、とうとうこちらが根負けした。
もっとも、同じ仲間のタガメでは擬死8時間という記録があるそうなので根負けして良かったが……。擬死の時間は種類によってさまざまで、短いもので数秒〜1分、通常は相手が探索をあきらめる数十分から数時間続く場合が多い。
擬死を起こす刺激で変わっているのが一部のヤガ科やヒトリガ科の仲間である。コウモリは飛びながら20〜30キロヘルツの超音波を発してその反射で餌の昆虫を捜すが、
一方これらのガは飛びながらそれを後胸部にある鼓膜器官でキャッチし、敵の距離が遠ければ反転して逃げ去り、至近距離で突然関知したときは、
瞬間的に擬死状態になって落下する。
ヤガ類といえば、果樹の主要な吸ガ類が含まれる。吸ガ類は成虫になってから果樹園に飛来して各種の果実に吸汁被害を与える防除が困難な害虫である。
ぼくはかつてこの吸ガの忌避にコウモリと同じ波長の超音波を使えないかと考えたことがある。そこで音響の専門家で、
虫の鳴き声の分析でも知られる松浦一郎さんに相談したところ装置は簡単にしかも安価に作れるという。しかし、松浦さんはそれから間もなく急逝され、
実験は計画だけで終わった。もっとも、この種の思いつきアイディアが成功する可能性は経験的に低いが、ダメモトで試してみる価値があると今でも思っている。
[研究ジャーナル,28巻・2号(2005)]
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