マダガスカルは、フランスの植民地から独立して間もない1964年に、動植物調査団の一員としてぼくがはじめて異国の土を踏んだ場所で、尽きせぬ思い出がある
(173頁参照)。
これは、調査団を組織された故・近藤典生先生のお弟子さんで、その後も先生の衣鉢を継いでこの巨島の植物の調査を続けている(財)進化生物学研究所の湯浅浩史氏(東京農業大学教授)からのいただきものである。
1998年、氏が首都アンタナナリボの空港の高級みやげ物店で発見し、ぼくを思い出して採集してくださった体長22cmの蟻の逸品で、「かなり高価だった」由である。
氏は植物文化誌に造詣が深く、ぼくも評議員をしている『生き物文化誌学会』の会長も勤め、長年にわたって朝日新聞に連載されたコラム「花おりおり」を愛読された方も多いことであろう。
素材の水牛の角は印材をはじめさまざまな工芸品の材料として利用されているが、こうした民芸品の場合は角の本来の形とその厚さに制約があり、造形に無理な印象を受けるものが多いが、
さすがにヒョウタンの民芸品の収集家としても知られる湯浅氏の目に留まっただけあって、完成度の高い精緻な作品である。実物をモデルに作られたに違いなく、また、触角と脚や頭などがすべて分解できるようになっている。
昔のこの国の民芸品を多少は知っているぼくとしてはその"進化"に驚く。ただし、東洋系からアフリカ系にわたるこの国の数多い種族のうち、どの種族がどういう意図で蟻をモチーフとして選択したのかは不明である。
[『虫けら賛歌』pp.257-258(2009)]