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サツマイモから生まれた甘みのサイエンス

−異性化糖から次世代甘味料へ−

サツマイモ増産の遺産

 日本人の食生活はすっかりリッチになった。店頭にはおいしそうなケーキが並び、街角の自動販売器でも冷たいソフト・ドリンクを味わうことができる。

 でも50年前には、日本中が食糧難に喘いでいた。その食糧難時代の食を支えてくれたのはサツマイモだった。国民はあげてサツマイモの増産に励んだものである。

 ところで、今日のリッチな食生活の原点が、あの戦争中のサツマイモ増産にあることをご存じだろうか。食糧難が去ると、過剰になったサツマイモからでん粉を生産することが計画された。 そして、そのでん粉の利用研究が新たな糖を生みだし、今日の食品産業の繁栄に結びついた。

 いささか「三題ばなし」めくが、以下はそのお話である。

砂糖に代わる「異性化糖」の誕生

 最近はドリンクの種類も豊富になった。そのほとんどが「異性化糖」または「果糖ブドウ糖液糖」という耳なれない糖を使っている。ビンや缶の原材料をみれば、 砂糖とともに広く利用されていることがわかるだろう。

 そこで「異性化糖」について、簡単に説明しておこう。

 ブドウ糖と果糖は化学式・分子量が同じ、双子の兄弟である。化学の用語で異性体という。ところが同じ兄弟でも、ブドウ糖の甘さは砂糖の70〜75パーセント程度なのに、 果糖は150パーセントと砂糖より甘い。そこで、ブドウ糖の一部を果糖にかえて混合液糖をつくれば、砂糖に近い甘味料ができる理屈である。 これが異性化糖で、世界に先がけて我が国で開発された。

 異性化糖の研究は、昭和34年に当時の食糧研究所(現在の食品総合研究所)津村信蔵室長らによってはじめられた。サツマイモでん粉の滞貨が顕在化し、 政府はその対策に頭を痛めていた時期である。でん粉をブドウ糖にかえ、さらに果糖にかえる技術開発は緊急の課題であったわけである。

 当時、ブドウ糖を果糖にかえるにはアルカリ法と酵素法が考えられた。津村さんたちは後者を選択した。早速、ブドウ糖から果糖にかえる酵素(グルコーズイソメラーゼ)を生産する微生物菌の探索がはじまった。

 「当時の研究所には微生物用の振とう培養機は一台もなく、止むなく古いビタミン抽出用の振とう機を持ち出した。一回転するごとにガタン、 ガタンとハデな音をたてるシロモノで、これを出入りの商人に造らせた木箱に入れ、ヒヨコ電球と水銀調節器で保温して使用した」とは、津村さんの述懐である。

 各地からこれとおぼしき微生物を集め、ブドウ糖液で培養する。培養液にできた果糖の量を調べれば酵素を検索できる。一見、単純そうだが、工業化に適するとなると、そう容易でない。5年間の根気の要る作業の末、1964年に大量培養ができ、高温下でも安定的に働く放線菌を探し当てることができた。最近は固定化した酵素を用いて、連続的に生産できるようにもなった。

 平成5年度の異性化糖の生産高は114万トンに達し、その6割が清涼飲料に利用されている。  

甘くない糖、サイクロデキストリン

サイクロデキストリンの分子模型

サイクロデキストリンの分子模型
 異性化糖の開発は、酵素法によるでん粉研究に大きな弾みをつける結果になった。 でん粉に働く高性能の酵素を探索すれば、新しい糖質を生み出すことができる。以後、我が国におけるこの分野の研究は急速に進み、世界をリードするまでになっていった。

 そのひとつがサイクロデキストリンで、同じ食品総合研究所の貝沼圭二さんによって開発された。実は、貝沼さんは異性化糖研究でアルカリ法を受けもっていた。 異性化糖では先を越されたが、サイクロデキストリンでは先陣をきる結果になった。

 サイクロデキストリンは、同じ糖質でも甘味料ではない。右の写真に示すように、ドーナッツ型の構造をしていて、その孔の部分に油性物質をとり込むことができる。 だから香料や揮発性物質の安定化、悪臭の軽減などに利用されている。いつまでも味の変わらない粉末わさび・練りわさび、口臭消しのキャンディーやガムなど、 多くの食品に使われている。平成元年現在、790トン、21億円相当が生産されているという。

次世代の甘味料「エリスリトール」

 赤ちゃんが甘いものを好むのは、甘いものが栄養に富むことを本能的に知っているからであるという。だが飽食時代の最近では、その栄養がかえって悩みになってきた。肥満の心配である。
エリスリトールの結晶

エリスリトールの結晶
 最近、その悩みを解消させるノンカロリー甘味料が開発された。食品総合研究所の佐々木堯さんが世界にさきがけて開発したブドウ糖発酵甘味料の「エリスリトール」である。

 といっても、今まで私たちがエリスリトールとつき合いがなかったわけではない。果実やキノコにも、味噌・醤油・清酒などの発酵食品にも、エリスリトールは含まれている。

 微生物さがしは根気よく行なわれた。昔に比べれば研究環境はよくなったが、工業化に適した菌株はそう簡単にはみつからない。それでも、あえてバイテク手法を用いず、 人為的に突然変異を起こさせて、優良な酵母を得ることができた。

 「むやみに新しさを追わず、目的に応じた技術の使い分けが大事ですね」とは、佐々木さんの弁である。これが成功の秘訣だった。

 エリスリトールの甘さは砂糖の約75パーセント、吸湿性が少なく、きれいな結晶をつくる。口に入れると、ヒンヤリとした清涼感がある。ノンカロリーで、 食べても肥満の心配がない。虫歯にもなりにくい。まさに「次世代の甘味料」と、期待されている。左の写真は、その結晶の写真だ。

 それにしても、飢餓の時代の貧しいサツマイモ生産が、50年後の食の豊かさを生み出す原点であったとは。科学の楽しさである。

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