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オートメーションで楽しい農業

−農家を助けるサイロクレーンと接ぎ木ロボット−

 最近は、職場でも家庭でもオートメーション化が進んでいる。駅には無人改札口、街角には自動販売機。職場ではOA機器の数々。家庭でも無人でご飯が炊け、 風呂が沸く。

 農業だって負けてはいない。高性能の自動作業機や装置が次々に開発されてきている。その変わりダネを二例。

酪農から楽農へ

 まず、栃木県那須の酪農家を訪れた作家立松和平さんのルポを、引用させていただく。

 「伊藤牧場の牛舎を見ていると、よくできているので感心してしまいます。やや傾斜した土地にあわせて設計され、地下水がでにくいという不利な土地を逆転して地下サイロになっています。


サイロクレーンの活躍ぶり
 コンピューター制御の爪が動いて地下サイロから牧草をつかみ、穀物を配合し、ベルトコンベアーや台車が動き完全自動で牛に給飼します。(後略)」 

 同じ那須の酪農農家を、つい先ごろ、私も訪問する機会に恵まれた。こちらは真島牧場で、現在、搾乳牛・育成牛合せて105頭を、ご主人の雄二さん、奥さん、 ご長男の3人で経営していた。

 立松さんがみたコンピューター制御の機械がサイレージ・濃厚飼料などを配合し、設定した時間ごとに自動給餌していた。ここではさらに、 堆肥の調製まで自動化されている。

 独りで仕事をする機械の傍らで真島さんから「2人態勢で、1日4〜5時間労働ですむ」と聞いた時は納得した。酪農はきつい、という声はここでは聞こえてこない。

 ところで、この地帯一帯の「楽農化」の契機となったのは、近くにある農水省草地試験場の瀬川敬(たかし)さんたちの「サイロクレーン」の研究である。 伸縮自在のパンタグラフの先に、長い爪を取りつけ、その開閉によって定量のサイレージや堆肥を掴みとる。シンプルだが、使い勝手がよく、 なにより安価な機械である。

 もっとも、瀬川さんたち試験場だけの研究で、このシステムが完成したわけではない。タッチパネルで簡単に給餌量・回数の調節ができるコンピューター制御の機械施設の製作には、 岡本富夫さんなど地元企業の協力が必要だった。それに、伊藤さん、真島さんたち酪農家のアイデアが隅々に生かされている。長い年月をかけて培われてきた酪農家と試験場の交流が、 このシステムを生み出したといえるだろう。

 農業のオートメ化は都会の大企業にまかせていても、うまくいかない。酪農家自身が参加してつくった、こうした機械や施設がこれからはさらに必要になっていくだろう。 大いに期待したい。


野菜の接ぎ木、ロボット化の道のり

 八百屋さんに並ぶナスもキュウリも、そのほとんどが接ぎ木苗から生産されたものだ。土壌伝染性の病害回避が主な目的だが、最近は草勢強化や品質向上のためにも、接ぎ木苗が重用されるようになった。


接木装置
 接ぎ木は従来、農家自身の仕事とされてきた。穂木と台木の茎を斜めに切り、切断面を合わせ、1本、1本クリップでとめていく。いかにも日本的な、 芸の細かい技術だが、高齢化が進み労働力不足に悩まされる昨今の農家には荷が重い。そこで、接ぎ木の自動化が待望されるようになった。

 もう10年も昔、こういう時代の到来を予見し、接ぎ木の機械化研究に取り組んだ研究者が二人いた。まったく異なるアイデアで取り組んだ別々の研究だが、 ともに昭和61年ころからスタートしている。

 一人は、当時の農業機械化研究所(現・生研機構)の小林研さん。こちらは農家が手で行なっている作業を、ほぼそのまま機械にやらせようという研究である。 機械が苗をつまみ上げると、カミソリの刃が回転して片葉を斜めに切断、穂木と台木を合わせ、クリップでとめる。 1時間に750株前後のキュウリ・スイカ・メロン苗を処理できる。すでに実用化段階に達し、一部市販にも移されている。

 もう一人は、野菜試験場(現・野菜・茶業試験場)にいた安井秀夫さん。もともとは野菜栽培の専門家で、農家に接する機会が多かった。 農家をまわり、接ぎ木作業の実態をみるうちに機械化の必要性を痛感し、専門外の研究に取り組むようになった。

 栽培研究者の彼は、果菜類では苗の切断面を合わせ固定してさえおけば、比較的容易に癒着することを知っている。問題は切断面の重ね合わせと固定の仕方である。 小松製作所の協力も得て、最後に到達したのが、多連・水平接ぎである。


接木された苗
 この方式は、平成元年に特許出願されている。出願人は野菜・茶試と小松製作所、発明者は共同研究者の小田雅行さんたちで、安井さんの名前はない。 当時部長であった彼が「僕はもう現役の研究者でないから」と、固辞したからだという。

 本格的な接ぎ木ロボットの開発は、やはり平成元年から生研機構などが出資したテクノ・グラフティング研究所に引き継がれて進められた。 平成7年に完成した装置の概要を次に示そう。

 トレーで育てた穂木用と台木用の苗が用いられる。1列8個体ずつの苗を保持用プレートが挟むと切断刃が動き、台木は基部だけ、穂木は頂部だけを残し、 水平切りされる。それぞれのプレートが動き、台木と穂木の切断面が重なると、周辺に瞬間接着剤が吹きつけられ、固定される。後は養生室へ。 数日すれば活着し、接着剤も剥落する。なんだか木工品のノリづけをみるような風景で、一時間に1000個体からの接ぎ木苗が生産できる。

 実は、ロボットが完成した時、安井さんはこの世にいなかった。自らのアイデアの開花を見ることなく、平成3年に急逝されたのである。 病床でも、研究の進捗状況を気にしていたという。「あの時、無理にでも、特許に名前を連ねてもらえばよかった」と、小松の瀬井將公(まさひろ)さんは悔やんでいる。

 これからの農林水産業を楽しい産業に変えるためにも、自動化は欠かせない。無人防除機・無人トラクター・果実の非破壊選別装置・搾乳ロボットの開発などなど。 さらに多くの成果を期待したい。

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