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シロアリそして植物の毒

−農産物の安全性−

シロアリの偏食

 熱帯地方に旅をすると、ゴム園や畑の中に大きな「蟻塚」をよく見かける。「蟻塚」とはいうが、本当はシロアリの巣である。 中には数十万〜数百万のシロアリが棲んでいるらしい。



シロアリ
 シロアリなら我が国にもたくさんいる。最近はコンクリート建築のせいで少しは減ったが、私たちも先祖代々、散々手を焼いてきた。近縁のゴキブリ同様、 外見も好感がもてないが、それ以上に大事な家や家財を食い荒らされるからである。

 シロアリは偏食家である。彼らの食べ物は枯れ木や朽ちた木などの木質部分に限られる。木質は自然界でも、もっとも豊富な有機物だといわれる。 にかかわらず、その主成分のセルローズ・ヘミセルローズを食物にできる生き物はきわめて少ない。微生物を除くと、シロアリぐらいなものである。

 もっとも、シロアリも自分だけで木質を消化できているわけではない。腸内にべん毛虫などの微生物が共生していて、木質を分解、栄養分に代えてくれているのだそうである。


生きた植物には毒がある

 ところであの硬い木質もガリガリと噛み砕くシロアリが、生きた植物はまったく食べられない。どうやら生きた植物には毒があって、 それに対抗できる解毒システムを、彼らがもっていないということらしい。生きた植物を食べると、毒に当たって死んでしまう(?)というわけである。

 「生きた植物には毒がある」といっても、ピンとこない人も多いだろう。ところがこれこそ、植物が身につけた生きるための手段なのである。

 この地球上の陸地に植物が出現したのは、今から4億年前だといわれる。植物はそのはるかな昔から病菌の侵入を防ぎ、昆虫や草食獣から身を守る、 さまざまな工夫をしてきた。組織を硬くしたり、鋭いトゲで武装したり。中でも、〈ウルトラC〉が体内に毒を生成し、病原菌の侵入や動物に食べられないよう対抗するという手である。 タンニン・フェノールの類から、アルカロイド・青酸配糖体・サポニン・アミンまで。これがその毒の正体らしい。

 もっとも昆虫や草食獣も負けてはいない。植物を食べても毒に当たらないように、解毒システムを獲得して対抗してきた。

 毒で身を守ろうとした植物に対し、それを解毒する能力を獲得する動物。時には植物が守り勝ち、つぎには動物がこれを出し抜く。 大昔からくり広げられてきた植物と動物の〈共進化〉の歴史である。

 ところがシロアリはこの解毒システムをもっていない。他の動物では手が出ない豊富な木質資源を食料にした代りに、解毒システムを放棄した。


農作物の安全性

 ここから、人間の食べ物の話に移る。私たち人間も農作物という名の生きた植物を常食にしている。実は私たちが毎日食べる農作物だって、 毒が含まれていないというわけではない。シロアリが食べたら、きっと毒に当たるに違いない。 

 よく知られていることだが、ジャガイモの皮や芽には有毒なソラニンが含まれていて、食べ過ぎると嘔吐・下痢・けいれんなどの中毒症状を引き起こす。 子供の頃よく注意されたものだが、未熟の梅の実にはアミグダリンという青酸配糖体が含まれていて、生食すると命にかかわる。 熱帯で栽培されているでん粉原料作物のキャッサバにも、品種によっては青酸を含むものもある。


消化管にいる原生動物


 シロアリと違って、私たちが毎日野菜や果物を食べられるのは、長い人類の歴史の中で、

  (1) 毒性の強いものを避け、より安心な植物を探す努力を積み重ねてきたこと

  (2) 煮る、焼く、さらす、あく抜きなどで毒性を減らす調理法を身につけたこと

それに、ここがシロアリと違うところだが、
  (3) 私たちの身体自身が解毒システムを獲得し、少々の毒なら肝臓で解毒し、尿とともに排出してしまう能力をもっているからである。

 考えてみれば、人類の繁栄はこの地球上で安全な食べ物を数多く探し出すことからはじまった。もともと毒のあった植物の中から毒性の低いものを選りすぐり、 さらに毒性を減らす選抜をくり返す。遠い祖先から続けてきた途方もない世代にわたる作物改良の歴史が、今、私たちが安心して食べている野菜や果物につながったのだろう。


安全性のこれから

 ところが、この〈安心して〉が、最近また怪しくなってきている。

 その一つは、科学の長足な進歩によって、食物に含まれる各種微量成分と健康との関係がさらに深く解き明かされつつあるからである。

 たとえば、最近は人間の寿命が長くなって、発がん性物質に対する関心が高いが。私たちが毎日食べているコーヒー・マッシュルームはもちろん、 レタス、リンゴ・セロリ・ニンジンなどの野菜・果物にだって、発がん性物質が含まれているという報告がある。

 もう一つは、科学の進歩が生み出した新しい心配である。化学肥料や農薬、最近ではバイオテクノロジーにも関連して、農作物の安全性を心配する声が聞こえる。

 生物学が進歩し、人間の一生や子孫に及ぼす影響まで視野に入れた安全性まで論議できる時代になってきている。もちろん過剰な心配もあるが、 こうした声にはきっちりとした答えを出していかなければならない。

 それにしても、安全な農作物を追求する人間の願いは尽きることがない。農作物が心配だからといって、まさか今さらシロアリのように、 木質を食べるわけにいかない。安全性の研究がさらに進展し、おいしくて健康増進に役立つ農作物がつぎつぎに出回るようになってほしいものである。

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