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異郷にすだく

 関東以西の多くの都会地で、このところ毎年秋に、樹上で「リューリューリュー」と、かん高い声で鳴いている虫がいることにお気付きだろうか。 マツムシに似た緑色の、アオマツムシという虫がその正体で、鳴き声は美声にほど遠く、むしろ騒音に近い。

アオマツムシ
上:オス,下:メス
アオマツムシの卵

 アオマツムシは、大正6年(1917)に日本から新種として発表された。もっとも、こんな特異な鳴き声の虫が、昔から日本にいたわけではない。 その後、中国でも発見されたことから、今日では明治時代中期の、大陸からの渡来者というのが定説になっている。

 渡来昆虫の例にもれず、アオマツムシも都会の虫である。多くの木の葉を食べて育ち、街路樹や庭木がおもな住み場所である。そのため、関東大震災も、東京大空襲も、 戦後アメリカシロヒトリの防除のために散布されたDDTも、この虫に少なからぬ影響を与えた。昭和30年代の初めには、ついに都心からその姿を消し去った。

 ところが、強力な農薬が規制された昭和40年代の終わりころから、アオマツムシは不死鳥のようによみがえり、関東一円から北九州まで、都会を中心に急速に増えはじめた。

 日本の秋を彩る美声の名虫が姿を消していく都会の、ビルの谷間と車の騒音の中にあって、今や異郷にすだくアオマツムシのコーラスこそが、むしろふさわしいのかもしれない。

[朝日新聞夕刊「変わる虫たち」,(1989.2.13)]



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