むらがる毛虫中国と西アジアを結んでいたシルクロードは、私が一度は歩いてみたいと念じている場所のひとつである。だから、この道のことについては多少の造詣があり、 見てきたように書くこともできるのであるが、ここに紹介するのはこの古代の交通路のことではない。卵をかため産みするガの幼虫の多くは、生育期間の途中まで(時には全期にわたって)多少とも集団で生活する性質がある。毛虫がむらがってうごめいているさまは、 人によってはあまり好ましい図ではないかも知れないが、これはこれで調べてみればなかなか面白いのである。 ウメケムシ春先、ウメやサクラの樹の股の部分に、白い絹のテントが張られ、その中や表面に毛虫がびっしり集まっているのがよく眼につく。これがウメケムシで、 正しくはオビカレハというガの幼虫であるが、一名テンマクケムシとも呼ばれている。さて、このテントの先の方の枝を見ると、食い荒らされた葉の残骸が発見される。 つまり、このテントは休み場所ないしは居室として設営されたもので、食堂は外にあることになる。そして、テントと食堂をつなぐ枝の表面には一筋の絹の道が見出される筈である。 仲間どうしでつけたこの細いシルクロードこそは、毎日一同を食堂へいざなう道しるべなのである。
アメリカシロヒトリの場合ウメケムシと並んでよく見付かる集合性を持つ毛虫にアメリカシロヒトリ(新天地参照)の幼虫がある。アメリカシロヒトリは、 御存知アメリカからの侵入昆虫で、日本では年2回発生し、6月と8月に、サクラ、プラタナス、ミズキ、カキなどの樹上で若い幼虫が見られる。 この若い幼虫もまた、吐糸で巣を作り集団生活を営むが、その巣は葉をまき込んで設営し、巣の中で葉を食害する点でウメケムシとは一見して異なる。 つまり、この毛虫のテントは食堂を兼ねているわけである。さて、幼虫は巣内の葉を食いつくすと、別の場所へ集団で移動してまた新しい巣を作る。餌がなくなり次第、何度も巣を作り直すわけだが、 新居は必ずしも廃屋のそばとは限らず、時にはずいぶん離れた場所まで移動する。感心するのは、この場合でも集団がバラバラにならないことである。 集団移動のしくみアメリカシロヒトリの幼虫の集団移動を観察すると、まず10匹くらいの元気な個体が入れ替わりながら絹の道をつけ、残りの部隊はその新設道路をたどって迷わずに新居にたどりつくことがわかる。 実験でたしかめた結果では、このシルクロードは、幼虫相互に対して呪縛力を持ち、たとえその途中に新しい葉がある場合でも、道をはずれる不心得者は居ないことがわかった。一方通行さらに、この道には或る程度の方向性もあるらしいこともわかった。進行方向に対して逆行はしにくく、逆行して古い廃屋にたどりつくことの防止機構がそなわっているらしいのである。 これに対してウメケムシの道は明らかに往復路である。また、アメリカでのその後の研究で、ウメケムシのシルクロードには道しるべフェロモンが含まれていることもわかっている。これに対して、 アメリカシロヒトリのそれは溶媒(エーテル)で洗っても、幼虫の行動には変化がなかった。 アメリカシロヒトリの幼虫は何を手がかりに道の方向を認知しているのであろうか。また旧巣を出発した先発幼虫は、どうやって新居の場所を決定するのであろうか。 その解答はまだ出されていない。 [みのりの仲間,No.3(1977)] |
もくじ 前 へ 次 へ