一般に昆虫(だけではないが……)のメスで、既交尾か未交尾かを外見だけで判断するのは不可能に近い。ところがギフチョウの仲間では、それが一見して分かるのである。このチョウは交尾中にオスがタンパク質の分泌物を出し、それが固まって特異な袋状の付属物となり、メスの腹端に糊着して残るからである。だからこれがないメスは間違いなく処女メスである。しかもメスはこの付属物がジャマして、二度と交尾することができなくなるので、これはまさに開ける鍵のない“貞操帯”である。 貞操帯は最初の交尾で完成するから、メスが生涯で交尾できるのも1回限りである。しかし、これを取りつける側のオスの貞操はいいかげんで、メスを取り替えての多数回の交尾が可能である。ときたま不完全で小さい貞操帯を持つメスを見かけるが、これは交尾の中断によるためではなく、オスの度重なる交尾による材料の枯渇が原因らしい。貞操帯の存在はメスの産卵をも不自由にするが、そうまでしてこんな仕組みが発達したのは、自分自身の遺伝子を確実に残そうとする“自信のないオス”の生存戦略の結果であろう。
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『日本の絶滅のおそれのある野生生物−レッドデーターブック』(環境庁編、1991)の中で、ギフチョウは絶滅の危険性が増大している危急種に、ヒメギフチョウは存続基盤が脆弱な希少種に挙げられている。とかくこうしたケースでは、農薬散布やマニアの乱獲が悪玉にされがちだが、主因は都市化やゴルフ場の開発などによる彼らの棲息場所の破壊にある。ぼくはゴルフをやらない。姿を求めて山麓を駆けめぐった遠い日、ぼくの青春をささやかに彩ってくれた春の女神たちへの想いを込めて……。 [研究ジャーナル,23巻・4号(2000)] |
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