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ヘッピリムシ

 ♪どんな虫かは知らないが、だれでもみんな知っている……そんな月光仮面みたいな虫に「ヘッピリムシ(放屁虫)」がある。これは江戸時代からの古い俗称で、 「ヘコキムシ」ともいわれ、紳士淑女でも抵抗なく口にしているが、考えてみればこんな下品な名の虫も珍しい。

 ヘッピリムシは実在の虫である。ホソクビゴミムシ科のミイデラゴミムシという甲虫がそれで、刺激を受けると腹端から大きな音を発し、 一陣の煙とともに実に臭い毒ガスを発射する。農耕地や草原に住む体長15mm内外のありふれた肉食の小甲虫で、一応、黄色の地色に黒い斑紋のよく目立つ警戒色を持ってはいるが、 その姿型からはこのすごい隠し芸を推測できない。

ミイデラゴミムシの成虫
 くだんのガスの素は、体内の貯蔵袋にヒドロキシンと過酸化水素の形で貯えられ、刺激を受けるとキチン質の堅固な反応室に送られる。ここで酸化酵素の働きで反応してベンゾキノンと水が生成され、 爆発音とともに100℃もの高温で発射される。ガスの生成が直腸ではなく、放出も肛門とは別の穴なので、科学的にはオナラとは違うものの、 感覚的にはまさに“ヘッピリ”である。ガスが目にでも入らない限り、人体に危険はないが、指などにつくと皮膚が褐変してなかなか落ちない。 ガスは正確に刺激を受けた方向に向け、数十回も連続発射が可能で、これを浴びた捕食性の昆虫や鳥が逃げたという報告も数多く、護身用としては十分機能しているようである。

 「ミイデラ」の和名は“弁慶の引き摺り鐘”で有名な大津の「三井寺」の漢字が当てられているが、由来は不明である。「みいでらに弁慶びっくり鐘放し」という江戸川柳もありそうでない。 欧米でも近似種が「bombardier beetle(爆弾甲虫)」と呼ばれている。“放屁”と“爆弾”の違いは彼我の庶民の感性の差であろう。

 ゴミムシ類はいずれも「臭い虫」だが、とくにミイデラゴミムシの属するホソクビゴミムシ科の仲間は、小さいくせに格段に臭い上に発射音まで伴う。 このたぐいの生理現象の「音の大きさや臭さのひどさは体の大小とは無関係」、という真理がしみじみと分かる虫である。

[研究ジャーナル,23巻・10号(2000)]



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