♪どんな虫かは知らないが、だれでもみんな知っている……そんな月光仮面みたいな虫に「ヘッピリムシ(放屁虫)」がある。これは江戸時代からの古い俗称で、
「ヘコキムシ」ともいわれ、紳士淑女でも抵抗なく口にしているが、考えてみればこんな下品な名の虫も珍しい。 ヘッピリムシは実在の虫である。ホソクビゴミムシ科のミイデラゴミムシという甲虫がそれで、刺激を受けると腹端から大きな音を発し、 一陣の煙とともに実に臭い毒ガスを発射する。農耕地や草原に住む体長15mm内外のありふれた肉食の小甲虫で、一応、黄色の地色に黒い斑紋のよく目立つ警戒色を持ってはいるが、 その姿型からはこのすごい隠し芸を推測できない。
「ミイデラ」の和名は“弁慶の引き摺り鐘”で有名な大津の「三井寺」の漢字が当てられているが、由来は不明である。「みいでらに弁慶びっくり鐘放し」という江戸川柳もありそうでない。 欧米でも近似種が「bombardier beetle(爆弾甲虫)」と呼ばれている。“放屁”と“爆弾”の違いは彼我の庶民の感性の差であろう。 ゴミムシ類はいずれも「臭い虫」だが、とくにミイデラゴミムシの属するホソクビゴミムシ科の仲間は、小さいくせに格段に臭い上に発射音まで伴う。 このたぐいの生理現象の「音の大きさや臭さのひどさは体の大小とは無関係」、という真理がしみじみと分かる虫である。 [研究ジャーナル,23巻・10号(2000)] |
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