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”ひとだま”の正体

 「ひとだま(人魂)−夜空に空中を浮遊する青白い火の玉。古来、死人の体から離れた魂といわれる」(広辞苑)。

 「人魂の真青(まさお)なる君がただひとり・・・」(万葉集)。

人魂の図
(寺島良安「和漢三才図会」18世紀初頭)より。
 ぼくが育った当時の東京の杉並はまだ田舎であった。家の近くには人魂が出るという墓場まであったが、ぼくは夜そこをいつも目をつぶって駆け抜けたので、 自分で真偽を確かめる機会がなかった。ただ、兄がよくこの人魂を外泊の理由にしたことを覚えている。一般に怪奇現象はウソか錯覚かこじつけのケースが多いが、 人魂については古来目撃記録が大変多く、これに比べればUFOなどはまさに新参者である。またその正体は、人間の魂が肉体を離れて活動するという遊魂説が主流であるが、 これについては上記のように、『広辞苑』までもが「……といわれる」と無責任である。

 一方、怪奇現象否定派の方も人魂については、流星・土葬死体の燐・夜光虫・蜃気楼説など多彩で、反オカルトの旗手、早稲田大学の大槻教授などは、 すべてプラズマで説明できると唱えている。人魂の形状の記録もまたさまざまだが、それらを総合すると、「色青白く球状で、尾を引いてふわふわと不気味に移動する」ものこそが“本家人魂”らしい。

 戦後、当時唯一の昆虫の一般誌であった『新昆虫』(北隆館発行)に、昆虫学者の故春田俊郎氏が、山でガの夜間採集中に人魂に出合い、勇をふるってこれを捕虫網で捕らえた経験を書いている。 網の中でなお青白く光っていたそれは、なんとユスリカのような小さい虫の群であった。人魂の形状からこれはおそらくある種の蚊柱と思われる。 羽化する時に偶然発光バクテリアを体に付け、オスが群飛してメスを呼び込むための蚊柱を形成したことで人魂と化したのであろう。すべてではないにせよ、 これが人魂の正体のひとつであるに違いない。事実、「人魂が蚊に化けた」という古い記録もある。

 蒸し暑いどんより曇った夏の夜、林や墓場の中、地上のあまり高くない場所をふわふわと……蚊柱と人魂の出現条件の何と似ていることか。 もし人魂に出合う幸運に恵まれた読者がおられたら、学術的な見地からぜひ捕獲してぼくに送って欲しい。ただし、ホントの人魂でタタリがあっても責任は負いかねるが……。

[研究ジャーナル,23巻・12号(2000)]



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