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1973年、日本の科学雑誌で 紹介されたタサデイ
写真1
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展示されたタサデイの石器
写真2
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1970年代のはじめころ、ミンダナオ島南部の密林で、総数わずか25人からなる「タサデイ」と称する未知の少数種族が発見された。
その場所は人が入りにくい険しい斜面に囲まれた高地で、文明とは隔絶したまま原始時代から今日まで洞窟に住み、棒をこすって火を起こし、石器を使い、
弓矢や槍さえ知らないという。政府の方針で場所は極秘にされ、当分ジャーナリストはおろか民族学者もシャットアウトし、少数の研究チームだけで調査中とか。
彼らを文明に汚染させないための細心の注意が払われ、目立たないよう、密林の樹上に鳥の巣のようなヘリコプターの発着台が仮設された。
この驚くべきニュースは世界をかけめぐり、間もなくある科学雑誌にその実態を伝える写真が掲載された(写真1参照)。粗末なフンドシひとつの彼らには申し分なく原始の面影があった。
また、子供たちがおやつに集めたメニューには、カエルや小魚からイモムシまであり、これはぼくにとってもロマンにあふれる大ニュースであった。
さらにぼくは1973年、そのフィリピンに出張する機会があった。そのときマニラの国立博物館にタサデイの特別コーナーが設けられていて、
はじめてその゛現役の石器”を見た(写真2)。 打製石器をこん棒にツルで結びつけ、まさに原始時代そのものの道具であった。
タサデイの存在はもう疑う余地がなかった。
やがてタサデイがすべて捏造されたガセネタであるとの風聞が流れ、その後のニュースもパッタリとだえた。冷静に考えれば、さほど大きくもないミンダナオ島に、
だれにも発見されないままこの小人数で何千年も生き続けた種族が住む……そんなロストワールドがあるわけがない。それにしても博物館の特別コーナーはいったい何だったのか。
政府を巻き込んだウソの仕掛け人は、関係学者の立場は、やらせ写真のモデルは、そのあたりの詳しい事情をぼくが知らないまま事件はいつのまにか終息した。
日本でも最近、原人の石器捏造事件が世界的な話題を呼んだが、それにもまさるこんな゛大先輩”がいたことを思い出してここに紹介した。もっとも、
日本の考古学の関係者には何の気休めにもならないではあろうが……。
[研究ジャーナル,24巻・11号(2001)]
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