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ミナミオオヒゲコメツキ
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ひっくり返すとパチンと音を立てて跳ね起きるコメツキムシという甲虫をご存知であろう。
この仲間はすべて前胸の後ろの両角が鋭くトゲ状につき出ているのを特徴とする。ぼくはかつて、マレー半島の中部山岳地帯にある、
避暑地としても昆虫の宝庫としても有名なカメロン・ハイランドを”公務”で訪れたことがある。
そして、ここの標本商でいくばくかの標本を購入し、そのおまけに巨大な生きたコメツキムシをもらった。
この仲間の東南アジア最大種のミナミオオヒゲコメツキで、体長が7cmもある。ぼくは喜んでそれをつまんだとたん指に激痛が走り、
思わず悲鳴を上げて虫を取り落とした。見ると指に穴が開き、血が噴き出している。見ていた店主がニヤリと笑い、同じ場所に穴が開いた自分の指を見せた。
なんとこのコメツキムシは、胸と両肩の間にぼくの指をはさみ、鋭いトゲで指し貫いたのだ(写真)。
コメツキムシに刺された……このまさかの経験は偶然ではない。明らかに相手の”意志”によって”刺された”のである。
昆虫が捕食者に対して物理的な攻撃を加えるこのような武器を「ジン・トラップ」という。ある種の大型のカブトムシの中には、
不用意につかむとこれで大けがをさせられる種類があるが、跳ねるしか能がないと思っていたコメツキムシにもこんな武器があったとは意外であった。
胸部の強靭な筋肉は跳ねるだけの道具ではなかった。日本産のコメツキムシ類には人を攻撃できるほどの大型種はいないが、あるいは、
小さい種類はそれなりに、小さい捕食者に対してこの武器を行使しているのかも知れない。標本商まで知らずに刺されたほど、
このコメツキムシはカメロン・ハイランドでも珍しい虫らしい。それにしても店主がくれるとき、危険を教えてくれても良さそうなものだが、
きっとぼくにも珍しい経験をさせようとの好意だったのであろう。
ちなみに、取り落としたコメツキムシは”予定通り”すぐ翅を広げて飛んで逃げようとしたが、ぼくは血をなめながらも、しっかり靴で押さえつけ、
虫の思惑どおりにはさせなかった。おかげでその標本は現在、農業環境技術研究所の昆虫標本室に収まっている。
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