最近、当協会のホームページの質問欄に「家中に大量発生した小さい虫」についての質問がしばしば寄せられる。現物を送ってもらうとその虫の正体の大部分は、
食品害虫として著名なコクヌストモドキかタバコシバンムシのいずれかの成虫に限られている。両種とも体長数ミリメートルの赤褐色の小甲虫(写真)で、
幼虫は各種の穀粉をはじめビスケット、ソバなどのその加工食品を食害し、タバコシバンムシの方はさらに被害が葉巻タバコ、乾燥シイタケ、
漢方薬などから畳表にまで及ぶ。年間数世代を経過し繁殖力が大きく、交通機関の発達と穀類の交流、暖房設備の発達などとあいまって、いまや世界的に普遍的な食品害虫となっている。
しかし、その発生は通常屋内に限られ、野外で採集されることはきわめてまれである。
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コクヌストモドキ |
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タバコシバンムシ |
こうした事情から、これらの虫が屋内で発見されても当然なのだが、それにしては最近の事例は毎日数百匹という単位で量がケタ違いに多過ぎる。
この件である害虫駆除の専門企業の友人や食品総合研究所の食品害虫研究室に問い合わせたところ、この現象はここ数年来全国的に起こっており、
潜在的な事例はおそらく数千件に達しているらしいことが分かった。そしてそれには、一般的に次のような共通性がある。
1.事例は新築ないしは築後数年以内の新しい家屋に限られ、築後4−5年で終息する。2.屋内には発生源となる被害食品が見当たらない。
3.事例はいずれか一方の種で起こり、両種が混合しているケースはほとんどない。4.団地など似た条件の新築家屋がある場合でも、こうした事例は特定の家屋に限られる。
これらの事実を総合すると、これは屋内で発生したものではなく、野外から飛来した個体群であることは間違いない。これらの食品害虫がこれほど大量に野外にも棲息していたことは意外だが、
飛来には新築家屋が発する何らかの誘引物質が関与しているに違いない。そこで思い浮かぶのが、近年、建材から発生するホルムアルデヒドなどの化学物質が社会的な問題になり、
対応のために接着剤や塗料などの建築資材の成分が大幅に変わりつつあることである。こうした新建材に特異的にこれらの虫を誘引する複数の化学物質が偶然含まれている可能性は否定できない。
また、輸入されるラワンなどのいわゆる南洋材から、輸入植物検疫のさいに大量のコクヌストモドキが付着していることがよくあり、
建材に使われるある種の木材そのものに誘引物質が含まれている可能性もある。いずれにしても、飛来が4〜5年で終息するのは、
それが経年的に消滅して行く揮発性の物質であることを物語る。
おもな建築・建材企業に対する問い合わせも当然ながら「当社の製品に該当なし」で、材料の入手すら困難なこともあり、いまのところその物質は特定されていない。
いくら小さな虫でも家中を大量に飛び回れば当事者にとっての不快感は察して余りある。虫の飛来でノイローゼになり転居を余儀なくされたり、
建築会社を相手に欠陥住宅として裁判沙汰まで起こしたりするケースまで生じているという。しかし、なぜかこの全国規模の"事件"に対し、
マスコミではまったく取り上げられていない。
冒頭のホームページへの質問の回答も歯切れの悪いものになり、ぼくとしても一刻も早い解決を望んでいる。が、現状ではこうした前例の有無を調べて建築会社を選択する自衛策か、
自然消滅する数年間をじっと我慢するしかなさそうである。官民研究陣の奮起を期待したい。
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