最近、相模原市立博物館の虫仲間の守屋博文氏から「石人形」と称する数点のオブジェをいただいた。どれも小石を組合わせた高さ15mmほどの人形を並べたものである(写真)。
これぞ周防国は岩国の錦帯橋の名産で、その正体はニンギョウトビケラというトビケラ目昆虫の幼虫の巣である。この仲間はいずれも幼虫が水中にあって小石を糸で綴った巣の中に潜んで、
腐食などを食べて生活している。いわばミノムシの水中版みたいな虫で、古くから「石蚕」と呼ばれ、とくに中身の幼虫は釣り師の間で「ピンチョロ」の名で渓流釣りの餌として有名であった。
石人形に添付の解説には「不思議な自然石・3百年の伝統」、「錦帯橋の人柱の生まれ変わりと伝えられ、事故・災害・厄除けのお守りとして珍重される日本三大珍品玩具のひとつ」とある。
広範な学識で知られた故・江崎悌三先生(1934) によれば、最初は錦帯橋の川原で石人形を集め、七福神などを作る庶民の楽しみだったものが、
後に名物として売り出されたらしい。商品化された時代は不明だが、少なくとも明治12年(1879) 以前にすでに売られていたという。
もっとも、ニンギョウトビケラは本州以南のどこの川にもいるし、似た巣を作る種類はほかにもある。なぜこの種類が、それも錦帯橋だけの名産になったのかはわからない。
石人形は巣の入口の部分に、頭に相当する小石を貼りつけて最小限度の加工を施したもので、当然同じものは二つとない。人気があるという「七福神」も、
頭に細長い石をつけて福禄寿に、白い石で弁天に、扁平な石で大国に見立ててあるが、残りの四福神は見分けがつかない。素朴だが芸術性はなく、
厄除けになるとも信じがたく、いわれも知らない一般観光客に受ける土産物とはとても思えない。これが現代まで生き残っていることはむしろ奇跡といえよう。
ぼくはそのことに感動する。
ただ、これは紛れもなく昆虫の巣をそのまま素材にした世界唯一の民芸品である。製作しているのはいまや「錦堂工芸社」という1社だけのようであるが、
この伝統の灯を消さないためにも、美しい少女だったであろう人柱の供養のためにも、読者諸賢が錦帯橋に行かれた機会にはぜひお求めくださるよう切にお願い申しあげる次第である。
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