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もうひとつの「ノミの夫婦」


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カワリベニボタル
の雌成虫
カワリベニボタルの交尾
(ミューベルク、1925より変写)
 「蚤(ノミ)の夫婦−夫よりも妻の方が柄(がら)の大きい夫婦」(広辞苑)。

 先祖の観察眼のとおり、すべてのノミ類は雄よりも雌の方が大きい。ノミに限らず一般に昆虫類は、交尾しか用のない雄に対して雌は短い寿命の間に産卵という大事業を控え、 必然的に雌の方が大きい種類が多い。しかも本家のノミの雌雄の体長差は10〜15%に過ぎず、昆虫類では代表的な「蚤の夫婦」とはいいがたい。

 東南アジアの熱帯林の暗い地表には三葉虫のような怪虫が棲息している。体長3センチ内外から8センチにも及ぶ大型種まで数種類が知られ、いずれも翅がなく、 側面にトゲを並べた異様な形をしている(写真)。当初はこの虫の所属や、幼虫なのか成虫なのかをめぐって論議を呼んだが、決着をつけたのはボルネオでこの虫を熱心に研究したミューベルクであった。 彼はこの虫が産卵したことでこの怪虫がすべて雌の成虫であることを確かめた。しかし、雄の成虫は未知だったため、採集人に懸賞金を出して雄を捜す一方、 カゴに入れた雌を森に配置し、繰り返し雄の誘引を試みた。性フェロモンなど未知の時代にこれは優れたアイディアであった。 ついにある日、採集人がこのトラップで、雌の尾端に小さい甲虫がへばり付いているものを見つけて持ち込み、その小甲虫が交尾中の待望の雄であった(図)。 また、その"虫らしい虫"の雄の形態から、これがベニボタル科の甲虫であることが判明し、彼は1925年にこれを新属新種として発表した。

 今日、この虫の仲間は和名でカワリベニボタルと呼ばれているが、そのうちミューベルクが雄を発見したのはもっとも普通に見られる種類で、 雌の体長7cm内外に対して雄のそれはわずか7mm! 体長差は実に10倍であった。昆虫雌雄でのこの体長差の記録はいまだに破られていないが、 もしそれが塗り替えられるとしたら同じ仲間の別の種類である可能性が高い。しかし、この仲間は人間生活とはまるで無縁の虫で、 ミューベルク以来80年近い今日まで後を継ぐ研究者もなく、その生態は依然謎の中にある。このミューベルクの歴史的な発見もほとんど世間に知られることなく、 「カワリベニボタルの夫婦」という比喩が誕生する可能性もない。

[研究ジャーナル,26巻・5号(2003)]



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